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ゲームの著作権は? 選手の適切な契約は? eスポーツの諸問題を聞く 弁護士 松本祐輝インタビュー【シブゲーアーカイブ】
※本記事は「SHIBUYA GAME」で掲載された記事のアーカイブです。当時の内容を最大限尊重しておりますが、ALIENWARE ZONEへの表記の統一や、一部の情報を更新している部分もございます。なにとぞご了承ください。(公開日:2019年5月29日/執筆:ゲーマー日日新聞 Jini)
NTT出版により、6月3日(月)から発売が予定されている、eスポーツ業界の8人の「中の人」が独自の目線と立場で寄稿した書籍『1億3000万人のためのeスポーツ入門』。従来のeスポーツ書籍にはないディープな切り口で書かれている面もあれば、業界のことを何も知らない人が読んでも把握しやすい編集が施されている本著ですが、SHIBUYA GAME編集部はまだまだ面白そうな話が眠っていると判断し、怒涛の7連続インタビューを敢行することとなりました。
聞き手として、独立ゲームメディア「ゲーマー日日新聞」を運営するJiniさん(@J1N1_R)に、紙面に書ききれなかった彼ら、eスポーツの”あいだ”ではたらく人々の真意を探っていただきます。
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ゲーマー日日新聞のJiniです。
第3弾は弁護士である松本祐輝(@ym_gamelaw)さん。東京大学法学部を卒業し、600人以上が所属する業界トップの西村あさひ法律事務所で働く松本さんが、一体何を思って混沌そのものと言えるeスポーツ業界へ飛び込んだのか。
今回のインタビューでは、松本さんがeスポーツ業界に飛び込んだ動機、そこで取り組んでいる仕事、頻繁にネットで議論される「著作物であるゲームを使ってもスポーツと言えるのか」「選手とチームの不安定な契約関係をどう改善するのか」など、めちゃくちゃ深入りした法的、制度的な質問を投げてみました。
東大卒の弁護士が、なぜeスポーツ業界に?
Jini:真っ先に聞きたかったんですが、松本さんはどうしてeスポーツの世界に飛び込まれたんですか?東京大学法学部を卒業して、西村あさひに所属という経歴から、やることがeスポーツ。一体何があったんだ!?と同期の方には思われそうなものですが。
松本:私が所属している西村あさひ法律事務所は、600人を超える弁護士が所属するそれなりの大所帯なのですが、その中で主にM&Aなど企業を相手にした案件を私は担当していました。
2016年頃からeスポーツも注目されていて、上司の高木智宏弁護士と一緒にこちらの仕事を取り組み始めました。これは規模の大きな事務所でないと中々許されることではないと思うので、感謝しています。
Jini:元々は幅広い領域で仕事をしていた中で、eスポーツに入ったと。
松本:そうなった動機として、僕自身ゲームを含めたエンタメが大好きなんですよ。学生の頃も朝8時から夕方5時まで勉強して、あとは『モンスターハンター』とかPCのMMORPG、『ポケモン』をやってました。『ポケモン』は今まで全作ずっと買い続けていて、大会に出場したこともあるんですよ。
Jini:え? 東大法学部目指しながら『ポケモン』してたんですか?
松本:はい。まぁ夕方まで勉強したら、後は息抜きもしないと。楽しいですよ『ポケモン』。
Jini:ちょっと何を言っているのかわからない。
松本:まぁ、さすがに弁護士になった後は忙しくて、しばらくゲームと無縁の生活でしたが、ある程度仕事にも慣れて生活に余裕が出てきたころに触れたのが『Overwatch』ですね。これがドハマりして、競技シーンの観戦もしていて、それでeスポーツシーンで働きたいという気持ちを抱くようになったんです。
Jini:なるほど。松本さんご自身がゲーマーとしてeスポーツに関心があったわけですね。それでも、ここまで松本さんが築いたキャリアを考えると、ノブレスオブリージュ的な使命感もあるのかな、と。
松本:そこまで高い志があるわけではありませんが、ゆくゆくは自分が高齢者施設に入ってもeスポーツやゲームを楽しめるような環境を作りたいなという希望はありますね(笑)。
自分は司法試験に合格し、今の事務所に入ってM&Aなど様々な業務に携わってきました。その中で、日本のeスポーツの仕事をしているというだけで、そこに意識としてあまり違いはありません。だからeスポーツの「外」や「内」というよりは、むしろその「間」にいるのが自分なのかなと思います。
確かにこの業界で法曹として活動されている方は少ないです。とはいえ、eスポーツと一言に言っても、そこで求められる仕事は本当に広い。法律への知識や官庁との交渉もまた、eスポーツが国内で公的に認められるためには必要です。逆に、eスポーツの業界内で育まれてきたノウハウだけでは、どうしても解決できない問題も生まれる。
つまり、eスポーツにも「外」の社会で使われる論理や概念が必要なんです。そこで、自分がこれまで培った「外」の知識や経験を元に、eスポーツ業界の内外を行き来できる案内人になれる。だから客観的に変わったキャリアでも、そこに必然性があると思います。
Jini:いや、おっしゃる通りです。露出を増やして「外」に訴求しつつあるeスポーツ業界において、今後ますます「外」の知見が必要になる。松本さんにとって、そこで働くことはごく自然なことだと。
では具体的に、eスポーツという領域において、法曹の方々はどのような役割を求められるんですか?
松本:私が今取り組んでいる主な仕事としては、ナショナルクライアントを含めた様々な企業を相手に、eスポーツの事業企画や法規制についての相談に応じたり、セミナーを開いたりしています。また、事業モデルに応じて、関係省庁に適法性を確認したり、弁護士としての意見を述べたりしています。eスポーツに関連する契約書のアドバイスなどもしていますね。
Jini:一般的な弁護士の方が取り組まれるような仕事と、そこまで大きな違いがないように思えます。
松本:そうなんです。だから私や、法律家の人間が、eスポーツの世界で働くことはそこまで特別ではないと思っていて。というのも、ここで取り組んでいることは、個別事例としてはeスポーツ特有の課題もあるんですが、基本的には契約書の作成・交渉、企業や省庁への説明、提案などで、法律家としてそこまで特別な仕事ではないんですね。
eスポーツの著作権問題はクリアできるのか?
Jini:なるほど。では具体的にその仕事の内容について聞きたいのですが、『1億3000万人のためのeスポーツ入門』の松本さんの章で、課題として「ゲームの著作権と利用許諾」を挙げられていましたよね。この点は私自身、eスポーツ業界における最大の課題ではないかと考えています。一般的なスポーツと異なり、誰かが権利を持っている著作物でスポーツを行うということは、それだけ多くの課題が生まれるわけですから。
この課題について、松本さんはどのようにお考えでしょうか。
松本:eスポーツの特徴は色々あると思うんですが、「著作物を使ったスポーツ」という点は大きな特徴です。
例えば、何かのタイトルで大会を開くにしても、そこで使うゲームはパブリッシャーの著作物なので、彼らに許可を取らなければいけません。もちろん、配信をしたり、そこで利益を得るのも、全て著作権が絡んでくるんです。
しかしながら、それらをすべて個別にたずねるのは交渉する側も時間的にも肉体的にもコストがかさみますし、企業側も同様に疲弊してしまい、結果的にeスポーツ展開自体に消極的になってしまいます。
そこで重要なのが、「ガイドライン」の存在です。あらかじめ「大会を開くならロゴは出してくださいね」とか「利益を得る場合は事前に相談してね」といった諸々の制度を決めて、それらを公開するわけです。
これを本格的に実現してるのが、例えばSupercellですね。参加費や宣伝、またロゴや現役プレイヤーの扱いまできちんと定めています。あとすごいのはBlizzard。ゲームタイトルごとにガイドラインを作り、さらに大会規模の違いによってコミュニティライセンスとカスタムライセンスとガイドラインを分けています。
やはりガイドラインがあると格段に大会を開くハードルが下がるので、ぜひパブリッシャーの方には用意していただきたいですね。同時に、大会を運営する方には必ずガイドラインがないかパブリッシャーに確認して、それに従って大会を運営していただければなと。
▲目的や規模に応じて異なるガイドラインを設けているBlizzard
Jini:知り合いに大会を主催している方がいますが、やはりガイドラインがないと「後で怒られるんじゃないか」と不安になる方もいるそうですね。
では実際、大会主催者がガイドラインを確認する上で、特に気を付けておくべき点はどういった点ですか?
松本:お金が発生する事柄については当然ですがシビアにチェックした方が良いですね。
あとeスポーツならではの注意点としては、複数のタイトルの大会を同じイベントで開く際には、その点を明示的に確認した方がいいということですね。
Jini:どうしてパブリッシャーは他のタイトルと同じ大会を開催することを避けたがるんですか?
松本:単に同じジャンルのタイトル同士が競合してしまう理由もありますが、基本的にゲームには独自の世界観や価値観が存在していて、そこに開発者のこだわりが強く反映されているので、そういった部分に配慮する必要があると思っています。
Jini:なるほど。例えば『LoL』のイベントだと、運営側がコスプレイヤーをステージに上げたり、巨大なバロン(作中に登場するモンスター)の人形が展示してたりします。
▲2017年の世界大会Worldsでは、ゲームに登場する「エルダードラゴン」の迫力満点の演出が光った。
Jini:自分はそこがeスポーツの魅力でもあると思っていて。ただ大会に来て試合を見るだけじゃなく、そのゲームの世界観やキャラクターの魅力に浸れるよう設計されているんですよ。プロ同士の競技を見るだけでなくて、そのゲームのファンが集まれる総合的なイベントとして作られていると。
松本:自分は割と競技として割り切った楽しみ方をしていますが、そのような意見もわかります。
実際、ゲーム会社は膨大なコストをかけてゲームのデザインを行います。視覚的な表現を含めてのゲームでもあるので、そこを譲れないというパブリッシャーの意見は当然でしょう。
しかし、複数のタイトルを同時に大会を開くということは、世界的には「EVO」や「Dreamhack」など集客の観点でも成功を収めやすい。そこの交渉や制度作りも、自分たち法律家が携われる領域だと思うので、世界観を妥協しない範囲において緩和できれば良いなと思いますね。
Jini:複数の作品が入り混じる会場も、カオスな魅力があります。何よりお客さんがそれを求めているなら、なるべく実現したいところです。
しかし、やはりここまでお話をうかがった限り、ゲームが企業の商品である以上、eスポーツがパブリックなスポーツのように普及することはやはり難しいのではないかと思うのですが。
松本:誰のものでもないゲームを作るというのは非常に難しいと思いますが、現実的な方向性として、将来的には、eスポーツタイトルについて一定の範囲で利用が認められるような制度を設計することは可能かもしれないですね。
Jini:詳しくお聞かせください。
松本:著作権というのは、例えば日本では著作権法上定められた法律上の権利ですが、その著作権の利用にはいくつもの例外があります。
たとえば、図書館でのコピーや、学術論文への引用などが一定の条件のもとで許諾が不要とされているのがそれにあたります。これは、著作物が文化的な財産であるから、著作権を持つ者だけが全てを独占しようとするのはかえって文化的な発展を阻害する可能性があるという趣旨に基づいています。
もし、eスポーツが今後新しい文化として市民権を得ていくようになれば、eスポーツに関する利用を正当化するための法改正が行われるといった未来もあり得るかもしれません。
Jini:なるほど、企業の商品であるゲームが、公的なスポーツになることは難しそうに思われたんですが、そこは法制度によって将来的に対応できるかもしれないと。ありがとうございます。
チームと選手の適切な契約関係について
Jini:次は、松本さんの章にも書かれていた部分で、「チームと選手の適切な契約関係」という記述は興味深く拝読しました。この問題は自分も記事を書いたことがあり、eスポーツ業界において重要な議題であると認識しています。詳しくお聞かせいただけますか。松本:前提として、プロゲーマーと言う職業が、極めてあいまいな定義であることが問題だと思います。
例えば、プロのサッカー選手や野球選手であれば、第三者的な日本サッカー協会や日本野球機構を通してチームと選手が統一の契約に基づいて契約を行うことで、初めて「プロ」となります。
一方でプロゲーマーは管轄する団体もなければ、そもそも契約の実態もよくわかっていません。とりあえずチームとの間で契約したといえばプロゲーマーになるだけです。その結果、契約の内容が杜撰なまま事件へ発展したり、選手の立場が守られず一方的に不利な契約を強要されかねません。
つまるところ、プロゲーマーとは一体何者なのか、どうすればプロゲーマーとなるのか、それを決めて管理する組織が必要になると思います。例えば、JeSUこと日本eスポーツ連合ですね。
JeSUの運営に対して賛否両方の意見があることは事実ですが、どうあれチームと選手だけでは、適切な契約関係を築くことは非常に難しいのが現実です。
Jini:松本さんの章にも、「eスポーツ仲裁制度」や「eスポーツ選手会」を作るべきだとありました。ただJeSUに関しては、彼らの方針や手段がコミュニティにうまく伝わっていない部分と思います。
松本:eスポーツの世界には、いずれにせよ第三者的な組織が必要であることは変わりません。なので肯定するにせよ、批判するにせよ、チームと選手の契約を含めて業界を健全なものとしていくためには、eスポーツにかかわる皆さんが積極的に建設的な意見を発信していただきたいと感じます。
Jini:eスポーツって本当に複雑な利害関係が生じる業界ですから、第三者的な組織がうまくまとめないとどうしても問題が発生してしまうと。
その上でやはり僕個人としては、特に外国人選手とチームの関係についてうかがいたいです。
昨年の「LJL」の事件は松本さんもご存知だと思うんですが、ただでさえ不安定なプロゲーマーという職業において、日本の言語や法律について無知である外国人選手の立場はあまりに弱い。まして、ゲームの実力で招聘した選手に対し、それらの自己責任として押し付けるのは、それこそ無責任だと思うんです。
松本:外国人選手に関しては、外国から選手だけでなく、エージェントやスタッフが日本のeスポーツに参入してもらうのが理想だと思います。
前提として、海外では日本のeスポーツ業界がどのようなものかほとんど伝わってこないんです。そのままでは、いくら良い待遇を提示されても外国の選手は日本に渡ることに不安を抱くだろうし、日本の法律や日本のリーグの制度もわからないので、チームと不利な契約を結んでしまうかもしれない。
そこで、まずパブリッシャーの方に外国人選手の立場を守る仕組みを作っていただいて、その結果として外国人選手やチーム、エージェントが日本のeスポーツ業界に参加できるようになれば、競技としてのレベルも向上すると思いますし、外国からのインプレッションも得られるようになると思うんですよね。
もちろん、自分自身弁護士としてサポートできることも模索しています。
Jini:なるほど、参考になります。より多く外国人選手を受け入れる土壌を作れば、国際的なシーンとして日本のeスポーツはより拡大していくと私も思います。
そもそもeスポーツってウェブを通した、国境や文化に縛られにくい競技および興行であることが魅力だと考えているので、その流れはごく自然なものかなと。
eスポーツの領域で弁護士が求められている役割の変化
Jini:さて、大会に採用するゲームの著作権や、選手とチーム間の契約関係など現状の課題について尋ねてきましたが、これらを解決する中で、松本さんは将来的に日本のeスポーツはどのように成長していくべきだとお考えですか?松本:まだまだ日本のeスポーツは発展途上だと思うので、より企業が色々なことに取り組む中、我々法律家は法規制の解釈を明確化したり、執筆という形で研究結果を公表したりすることで、日本のeスポーツの現状を明確化していくべきだと考えています。
そもそも、我々法律家の仕事は「グレーゾーン」を狭めることだと思うんです。何か新しい問題が発生した時に、それは「ブラック」なのか、「ホワイト」なのか判断して、結局良いのか悪いのかわからない状態、つまり「グレー」の領域を減らしていく。その中で、業界にとって利益となるのであれば、「ブラック」より「ホワイト」を増やす。それが日本のeスポーツを発展させる上で、自分たちにできることかなと。
例えば、日本のパブリッシャーが大会を開く上で、賞品を用意することが刑法における「賭博」にあたるかという不安があった。だけど、この「賭博」についても、モデルによっては当てはまらないと考える余地がある。
そういった点を明確化し、また広めることで、ステークホルダーに安心して業界に資本を投下していただくことが、業界の活性化に繋がると信じて私は日々飛び回っていますね。
Jini:eスポーツを日本で活性化させる、その松本さんの理念と行動は本当に敬服致しますし、恐らく多くの方が同意することだと思います。本日はありがとうございました。
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「なぜ、弁護士がeスポーツ業界に?」
私の率直な質問に対して、松本さんは嫌な顔一つせず自分はeスポーツが好きで、自分に役立てることがあるからだと答えます。それは質問した私自身、すぐ愚問だったと反省するほどに、あまりにもシンプルで、純粋な想いでした。
とはいえ、さすが法律家。かなりきわどい質問を立て続けに投げたものの、悩む素振りすら見せず瞬時に「答え」を理路整然と話す姿勢を見て、私はこれほど高性能なCPUがeスポーツ業界に搭載されている事実に希望を見出さずにいられません。
eスポーツの大会を開催する上で発生する著作権、チームと選手との不明瞭な契約関係、その他にも現状eスポーツを日本で発展させる上での課題は無数に存在します。だがそうした曖昧さという暗闇を照らしだし、そこに活路を見出せる人もいるのです。
【特集】eスポーツの“あいだ”ではたらく人々<『1億3000万人のためのeスポーツ入門』発売記念>
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