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おかしな日本語ローカライズはなぜ起きるのか? 日本語ローカライズチーム「架け橋ゲームズ」に聞いてみた

目次
  1. ゲーム内からゲーム外までなんでもこなす「日本語ローカライズ」の実態
  2. 翻訳者は、実はゲームの開発段階から参加している
  3. ローカライズは儲からない。けれど……
  4. なぜヘンな日本語ローカライズが存在してしまうのか
  5. 日本語ローカライズの理由は日本への憧れ
  6. 有志によるローカライズの落とし穴
  7. 国ごとの文化の違いはどう吸収する?
  8. ローカライズにかかる手間と時間を尊重してほしい
いまや海外産のゲームの多くが日本語でプレイ可能になっているが、「日本語化」に関して不満を持っているプレイヤーも多いのではないだろうか。

確かに日本語対応はしている。しかし、機械翻訳のような違和感を感じるものも多く、ストーリーを理解しながらどっぷり浸かる気持ちにはなれなかったりもする。

そんなことを思いながら訪れた「東京ゲームショウ2022(TGS 2022)」のインディーゲームエリアで、海外メーカーのブースに立つ日本人と出会った。彼女は「架け橋ゲームズ」という日本語ローカライズを主に行う会社のメンバーで、ちょうど翻訳を担当したゲームの出展に協力しているのだという。

▲2023年発売予定のノルウェーのチームが手がけたムーミンを題材にしたゲーム『スナフキン:ムーミン谷のメロディ』ブースに立つ架け橋ゲームズの桑原さん( https://store.steampowered.com/app/1808680/ )

そんな出会いもあり、今回GAMERS ZONEでも過去にレビューしたことのある『Inscryption』や『There Is No Game: Wrong Dimension』などの日本語ローカライズを手がけた「架け橋ゲームズ」にインタビューをさせていただいた。お話を伺ったのは、同社代表のアメリカ人のザック・ハントリさんと、日本人の桑原頼子さんのおふたりだ。

そもそも、今の時代になぜ日本語ローカライズをしようと考えたのか、といった素朴な疑問から始まったインタビューは、ローカライズという仕事の大変さ、日本語の難しさといった日本語ローカライズの裏側も見える楽しい時間となった。

▲架け橋ゲームズ代表のザックさん


ゲーム内からゲーム外までなんでもこなす「日本語ローカライズ」の実態


──「日本語ローカライズ」というと、ゲーム内のメニューやセリフなどの日本語化を想像するのですが、架け橋ゲームズでは実際にどこまで関わっているのでしょうか?

ザック:ゲーム内テキスト、ゲーム画面、セリフ、UI部分などはもちろんですが、それ以外に関連するマーケティングの記事であったり、Steamやニンテンドーeショップのストア内テキスト、オフィシャルトレーラーなども翻訳することもあります。数は多くありませんが、日本語音声の収録も担当させていただく場合もありますよ。

──音声の収録まで?

ザック:翻訳したセリフを収録会社さんと共有して台本を作っていただいて声優さんをアサインしたり、開発者さん側に確認したり台本に書かれているト書きを翻訳して、声優さんにきちんと意図が伝わるように立ち会ったりもします。

──非常に多岐にわたるんですね。公式サイトの「Work History」にあった『完全爆弾解除マニュアル(Keep Talking and Nobody Explodes)』というゲームを以前紹介したことがあるのですが、マニュアルが分厚くて作るのが大変だろうな……と感じました。


▲架け橋ゲームズのHPには2013年から手がけたゲームがリストアップされている( https://www.kakehashigames.com/work-history.html )

桑原:あのゲームをプレイされたんですね!『完全爆弾解除マニュアル』は私がマニュアルを見ながらもう1名が解き、次は逆の立場にしてみて……という「LQA」(Linguistic Quality Assurance ※直訳は「言語品質保証」)を行いました。マニュアルまで含めて完全に架け橋ゲームズのローカライズです。

▲ひとりが爆弾解除役となり、それ以外がマニュアルで解除方法を指示するという『完全爆弾解除マニュアル』。マニュアルは実にA4サイズで23ページにも及ぶ(https://gamerszone.jp/post/4010


翻訳者は、実はゲームの開発段階から参加している


──そんな日本語ローカライズに関して素朴な疑問なのですが、最終的にその翻訳を良しと決めているのは誰なのでしょうか? たとえメーカーの方でも、日本語として適切かどうか、日本語がわからなければGOが出せないですよね?

桑原:そうですね。では、少しローカライズを行うまでの手順からご紹介しますね。

まず、クライアントさまから「こういったゲームがあるんですが、架け橋ゲームズさんでローカライズしていただけますか?」という依頼が入り、ザックがその案件のスケジュールや作業量を聞き出します。

そして、クライアントさまから提示された条件や、その時の弊社の忙しさの具合とか、こういったスタイルはこの翻訳者さんが好まれるのでアサインするのはどうだろうか、といった検討をザックと私で行います。私たちで進められると確認できたら、クライアントさまから開発途中のゲームビルドをいただきます。

──翻訳者さん自身も開発中のゲームをプレイしているんですか?

桑原:はい。私たちは必ず翻訳者さんがゲームに触れられる状況を作っています。ゲームビルドはもちろんのこと、「翻訳ファイル」「参考資料」「デバック情報」なども一緒にゲットして、それを翻訳者さんへお渡しするための準備をするのが第1段階です。

そこからの翻訳過程で質問がある場合、開発者さんと共有してできるだけ疑問なく進められるように、クライアントさまとも密にコンタクトをとっていきます。

その後、翻訳者さんから「ファーストパス」と呼ばれる納品物が届きます。訳抜けなど、納品物に不備がないかを私がチェックして、クライアントさまにお渡しします。

逆にクライアントさまから、ゲームに実装する際に質問される場合もあります。例えば、最初の画面の「PRESS ANY BUTTON」を、あえて英語を残した方がかっこいいと判断した場合、「意図的に翻訳しない」もしくは「別の英語に置き換える」といったことがあるんです。でも、日本語がわからない開発者さんにとっては「翻訳されていない」と戻されてしまいます。

そういう場合はザックが「これは翻訳者が意図的に見た目を良くするために残しています」という感じで、丁寧に返答します。このような過程を経てビルドに実装して初めて、「LQA」を開始できる準備ができるんです。

──ここでやっと、日本語になった状態のゲームを確認できるわけですね。

桑原:そうです。そこから私たち側で「バグレポート」と呼ばれる、開発者さんに共有する報告書を準備します。

日本語が実装されたビルドを翻訳者さんにもプレイしていただいて、翻訳の時にはわからなかったシーンの流れやキャラクターのセリフをご確認いただき、それを基にテキストをブラッシュアップしていきます。

この過程で、例えば「言葉の重なり」「はみ出し」もしくは「文字化け」などなど、システム以外のテキスト周りのバグのみに注力して開発者さんへ報告し、修正していただくという過程を踏みます。このような開発者さんとのやりとりをだいたい数回行い、ローカライズ完了プロセスまでもっていくという感じです。ここがおそらく弊社の一番の特徴だと思われます。

基本的にクライアントさまが“これで終わり”と納得するのではなく、弊社のザックと私、もしくは翻訳者さんがこのローカライズでいいと判断したらクライアントさまにお伝えする、という形です。

ザック:リリース予定のプラットフォームによっては、メーカーへゲームビルドをROMで納品しなくてはならず、開発者さんが認識しているバグや最新の翻訳テキストを実装できていない状況で、ローンチせざるを得ないこともあります。そういった場合、リリース後にパッチを当てていただけるように、翻訳者さんが継続して「LQA」を行い、できるだけ早い段階できれいな日本語になるように作業したりもします。


──翻訳のクオリティを確保する部分までが、架け橋ゲームズとしての仕事なわけですね。

桑原:厳密に言いますと、“架け橋ゲームズ”というよりも、“担当していただいた翻訳者さんの仕事”ですね。基本的に「翻訳者さんが主役」になっていただくのが、私たちが目指しているローカライズの形であり、ポリシーなんです。

開発者さん側には日本語をしゃべる方がいらっしゃらないことがほとんどなので、判断しているのは私たちです。なので、翻訳者さんには最初の翻訳からリリースまでひとりで担当してもらうことで、責任感を持ってもらうようにしています。担当したゲームでは必ずクレジットに名前を載せていただいているので、「私が愛情を込めて育てたコンテンツである」という誇りも持つことができるんです。

ですので、皆さん「責任」と「やりがい」を持って担当してくださっています。翻訳者さんがいいと思われたものを私たちも良しとしていますし、それはクライアントさまもわかってくださっています。架け橋ゲームズを含め「担当している○○さんが良いと思うローカライズをしてください」というスタンスですね。荷が重いと言えば結構重いですけども(笑)。

──ここまで丁寧にローカライズされていたとは知りませんでした。翻訳というお仕事は、開発過程の中にきちんと組み込まれているんですね。

ザック:はい。やっぱり「LQA」までやることで見えてくるものがたくさんあると思います。そのゲームに対する思い入れも深まりますし、頑張り甲斐もありますよね。そういったところに価値を感じてくださっている翻訳者さんと一緒にお仕事しています。

──いま架け橋ゲームズに所属されているのは何人くらいですか?

ザック:私たちが信頼してお仕事をお願いしたいと思っている翻訳者さんはだいたい20名ほどです。大人気の翻訳者さんは他の仕事がお忙しくて、なかなかスケジュールが合わないこともあります。コンスタントに10〜15名くらいの方とお仕事をしています。

▲架け橋ゲームズの主なメンバー。左から桑原頼子さん、PRマネージャーのLayerQさん、代表のザック・ハントリさん、プロジェクトマネージャーの渡辺裕美さん。これ以外に、スウェーデン在住でプロダクションアシスタントのRasmus Wedin(ラスマス ウェディン)さんを含め、計5名が在籍している

──正直なところ、想像していた以上に大変な作業なんですね。もっとシンプルに翻訳だけされていると思っていました……。

桑原:皆さん、こういった説明を聞くとすごく驚かれます。ただ、完全に翻訳者さんに任せているわけでもありません。特に駆け出しの翻訳者さんであれば不安になったり、「他者の意見を聞いてみたい」と思われる時がもちろんあります。そういった場合には「あくまで個人の意見ですけど」という形で、私たちが意見をお伝えすることもあります。

また、ワード数が多いタイトルの場合、開発スケジュール的にひとりで「LQA」をするのが難しくなってしまう場合が多いので、「LQAチーム」として2~3人でブラッシュアップしていく場合もあります。


ローカライズは儲からない。けれど……


──いま伺ってきたような流れで翻訳するとなると、かなりの時間が必要になると思うのですが、ローカライズのタイトル1本あたりの予算はどれくらいなんでしょう? というのも、これだけグローバルなゲームが遊べるようになって、それでもなお日本語がないゲームもたくさんあるとなれば、翻訳するニーズもあるし、翻訳者になりたいという方も出てくると思うんです。

桑原:プロジェクトによって、あるいは翻訳者さんによってレートなども異なるのですが、現実的なお答えをしますと、決して実入りのいい仕事ではないというのが正直な答えです。

弊社自身もそんなにお金持ちじゃないんです。というのも、私たちに主にご依頼いただいてるインディーゲーム業界はそんなに予算がないということもありますし、できるだけ翻訳者さんに還元したい。ですから、他社さんのレートよりは高めになっていると思います。

実際、他の産業での翻訳やIT翻訳と比べると、ゲームの翻訳はリサーチも必要ですし、セリフをただ翻訳するだけでは収まらないので、そういった作業量を加味すると儲かりませんよね。翻訳者さんの中には、パートナーが公務員で、ご本人は家事をこなしながらゲーム翻訳をして生計を立てているというお話を聞いたりもします。「楽しそうだからやってみよう」「稼げるかな?」という気持ちで飛び込まれると、苦しい思いをされるかもしれません。

──実際、若い方でゲームのローカライズをしてみたいという方はどうすればいいのでしょうか?

桑原:日本においてゲーム翻訳者になるステップで一般的なのは、「フェロー・アカデミー」のような翻訳講座を定期的に開催している学校で受講する形ですね。ある程度の翻訳のノウハウ、知識、ルールを頭に入れた上で、大手の翻訳ベンダーさんやゲーム翻訳を主に行っている翻訳会社さんに連絡して、トライアルを受けるという流れが多いみたいです。

──そういった道があるんですね。ちなみに、ザックさんが架け橋ゲームズを立ち上げたきっかけはなんだったのですか?

ザック:架け橋ゲームズを設立する前は、日本で言うゲームプランナーとしてAAAタイトルなども手がけて、18年くらいゲーム業界で働いていたんです。その時に、矢澤竜太という翻訳者さんから英日の翻訳者さんの現状を聞かされ、レートが低くなかなか翻訳者さんに還元できていない状況にすごく驚きました。それで、翻訳者さんのローカライズ状況を私たちが変えなければ、という思いで矢澤さんとふたりで立ち上げたのが、架け橋ゲームズです。

▲実は、矢澤竜太さんには過去に『リーグ・オブ・レジェンド』の世界大会「Worlds 2018」の現地レポートや、Team Liquid代表へのインタビュー翻訳などを依頼している。そのときのインタビューはこちら(https://gamerszone.jp/post/1347 )

──その当時と比べて、ローカライズの状況は変わりましたか?

ザック:100%夢が叶ったとは言い切れませんが、日本のゲーム翻訳業界へのインパクトはかなりあったと思います。

実例として、弊社が当時の翻訳者さんが受け取っていたレートよりも高いレートでお仕事を依頼したことで、業界としてもレートは上がっていきました。また、翻訳者さんの名前が世に出るようになって、最近は「ゲーム翻訳者」というカテゴリーが認知されやすくなったとも思っています。

もちろん、私たちが全部やったとは全く思っていません。しかし、業界に少なからずいい影響は与えられたのではないかという実感はありますね。


なぜヘンな日本語ローカライズが存在してしまうのか


──翻訳者さんがローカライズしてくれるおかげで、私たちが海外のまだ見ぬ傑作をたくさん遊べるようになってきましたが、逆におかしな日本語のローカライズも存在します。なぜこんなことになってしまうんでしょうか?

Epic Games Storeで無料公開された『WarHammer: 40,000』の日本語。キャラと言葉のイメージに違和感を感じる翻訳になっていた( https://gamerszone.jp/post/10348 )

ザック:それには、主に2つの理由が考えられます。1つ目は、翻訳していく段階で翻訳者さんに参照用のゲームビルドが提供されなかった、もしくは資料がきちんと提供されてなかったため。2つ目は、翻訳した後にその翻訳が実装後どうなるかという確認の「LQA」ができていなかったためです。

そうなると、翻訳者さんがいい翻訳を提供することは不可能ですし、クライアントさまもその言語への理解がないので、プロジェクトそのものに対する説明責任がない状況になってしまっているわけです。中には、Google翻訳のような機械翻訳サービスを利用してローカライズしたり、日本語がわかる外国人の方が片手間で翻訳したりしているんだろうな、という場合もまだまだあります。

──“翻訳”とひとくちに言っても、さまざまなレベル感があるわけですね。

ザック:最近も、弊社が翻訳を担当したとあるゲームで、アップデートコンテンツやストーリー、キャラクターなどが少し追加された際に、クライアントさまが弊社でない別の方に依頼されたんです。でも、その追加された分の翻訳のクオリティが低いと話題になってしまって。

それがなぜわかったかというと、たまたま開発者さんの奥様が日本人の方で、確認された時に「前作と全然出来が違うよ」と指摘されたそうなんですね。最終的には「別の方にお願いしたのですが評判が悪かったので、恥ずかしい話なんですけど、もう一度やり直ししてください」と依頼されました。そんなケースもあります。

キャラクターのトンマナ(トーン&マナー)も口調も全然違うし、性別も全然違うように翻訳されたり、使われている用語も不統一になったりもしますからね。

桑原:ただ、この話は必ずしも翻訳ベンダー側だけに問題があるわけではなく、開発者さん側やパプリッシャー側が理解していないケースもあります。

いいローカライズをするためにはいい翻訳者さんが必要ですが、それを実装して不具合を修正するのは開発者さん側の責任です。そして、きちんとリリーススケジュールに落とし込んで、いいローカライズになるまで待つのはパブリッシャー側の責任なんです。

共同作業なので時間はかかってしまいますが、それを理解してくれなかったら、下流で私たちがどこまで頑張ってもやっぱりいいものにはなりません。私たちのようにゲームの中でユーザーが最初に触れ合う言葉の部分をハンドリングしている立場から言うと、私たちにできることはすごく少ないとも言えるんです。


日本語ローカライズの理由は日本への憧れ


──今回の「TGS」のインディーゲームブースでも思ったのですが、こんなに海外のインディーゲームデベロッパーさんが日本に来ていただいてうれしかった反面、わざわざ日本語ローカライズしてくださっている理由も気になりました。正直儲からないと思うのですが、ザックさんから見てどうしてなのでしょうか?

ザック:私たちのクライアントさまの多くが日本のゲームが大好きで、自分の作ったゲームを日本でリリースすることが夢だったという方がすごく多いんです。私たちもお話をいただく時にゲームを見て、「日本語ローカライズすると赤字になるよ」「儲かる可能性は低いよ」と正直にお伝えしたりもしています。

ですが、ビジネス的な理由ではなくて、ほぼ個人的な理由でローカライズを希望される方が多い。お金のことよりも自分の気持ちを大切にして、夢の舞台である日本でリリースしたいという方が多くいらっしゃいます。ここが多くのAAAタイトルとインディー業界の違いだと感じます。

▲久々のオフライン開催となった「TGS 2022」でも、韓国、香港、オランダ、イタリアなどなど、多くの国々の開発者が出展していた

──ザックさん自身が日本語ローカライズに関わったのも同じような理由ですか?

ザック:過去には、ビジネスなので儲けを考えた方がいいんじゃないかと考えたことはあります。でも、自分がこの業界で仕事をする中で、やっぱりそういう気持ちにはなれなかった。利益を得ることよりも、開発者さんの思いの根底にあるいいものを作りたいという情熱をサポートする方が性に合っているなと思いました。

私自身、インディーゲームに触れた時にすごく感動して、個人デベロッパーが込めた思い、作品に対する情熱にすごく感銘を受けてきたんです。その気持ちをそのままローカライズに落とし込んで、お客様の手元にお届けすることの方が、価値があるように感じています。なんだか感動ストーリーになってしまいましたかね(笑)。

──いいお話が伺えました(笑)。


有志によるローカライズの落とし穴


──翻訳者さん側にもインディーズというか、アマチュアの方がいらっしゃいますよね。有志によるMODなどは、メーカーが翻訳してくれない場合にはありがたい存在ではありますが、そういった方に関してはどうお考えですか?

桑原:ローカライズに興味を持ってくださる方がいることは、開発者さんにとってすごく励みになるんじゃないかなと思います。誰もがお金をかけてローカライズできるわけではないですから、日本語に対応したいけどお金がないという時に、有志で「翻訳しますよ」と言ってくれる人の存在はすごくありがたいことです。

ただ、これは業界の開発者さん側から聞いた話なんですが、開発者さんやパブリッシャー側に知らせずに有志翻訳をしたケースで、実は正式発表はしていないけど同時に正式翻訳も動いていたことがありました。そうなるとリリースのタイミングで有志翻訳と正式翻訳が同時に存在するという事件が起きてしまう。

ゲームファンの方が有志の翻訳を先に見てしまうと、どうしてもそっちの印象が残ってしまいます。しかし、開発者さんと話し合いをしていないので、意図を汲み取れていない翻訳が世の中に存在してしまうのは、クオリティを重視している者としては気になってしまいます。

もしこの記事を、有志翻訳をされている方や、有志翻訳に携わりたいと思っていらっしゃる心の優しい方が読んでいたら、まず開発者さんにコンタクトを取って「日本語化をする計画があるか」「ボランティアでやってもいいか」などを確認した方が、後々のトラブルは減ると思います。

▲『Fallout3』はPS3版は日本語対応していたものの、現在も販売中のPC版は有志が翻訳した日本語化MODのみとなっている

──ちなみに、これまでにローカライズしたタイトルの中で特に印象的な作品はありますか?

桑原:ほぼ全てのプロジェクトが大変で、これと絞るのが本当に難しいですね……。ご参考までに、『VA-11 Hall-A』などの翻訳や、翻訳講座の講師などもされている武藤陽生さんのYouTubeチャンネル「ゲーム翻訳おじさん」を見ていただきたいです。

弊社のサポートタイトルである『Trek to Yomi』という日本を舞台にしたゲームの翻訳を担当した時の苦労エピソードを、私との対談形式でご紹介くださっています。

▲ゲーム翻訳おじさんムトウの翻訳ゲーム実況


国ごとの文化の違いはどう吸収する?


──最近、私たちも記事を作る際には特に気をつけるようにしているのですが、残虐表現などで日本での発売が難しくなってしまったゲームがあります。ローカライズする側として、国ごとの文化の違いなどをどう残すか、という部分はいかがですか?

ザック:開発者さんが思っているものをそのまま届けることに使命感を感じているため、ゲームコンテンツそのものを日本だからといって弊社が変えることはほぼありません。ですが、パッケージ版で出す時には「CEROレーティング(Computer Entertainment Rating Organization)」が必要になってきます。

弊社側でCEROへの申請を行う場合、弊社で動画撮影したものや開発者さん側で用意した動画をCEROに送って、NGが出た箇所について開発者さんに修正をお願いすることもあります。性的にアグレッシブな部分や暴力表現などですね。

あとよくあるのが、実績名とかゲーム中のアイテムに著作権に関わる言葉が使われているケースです。ミュージシャンの曲名とか、日本のアニメのセリフとか、漫画のタイトルが使われていたりすると、日本だとJASRACに登録されているとNGの場合があります。それを説明した上で、違う言葉に変えたりする提案も行っています。

──外国人であるザックさんから見て、日本語ローカライズはやはり難しいですか?

ザック:日本語が関係している部分で、すごく大変だと思う部分はたくさんあります。やっぱり日本語ってアジア言語の中でも1番難しいんです。まず、第1水準・第2水準などの漢字、カタカナ、ひらがなに加えてローマ字も使います。他の言語は1種類なのに4種類もあるので、ここでまず言語の壁があります。

なおかつ、英語の「This is a pen」のように単語の区切りに半角スペースがないので、どの場所で自動改行が入っていいのかが開発者さん側ではわからないんです。そのため、きれいにダイアログを見せようと思うと、こちら側で手動で改行を入れていかなきゃいけない。そこも手間ですね。

さらに、「禁則処理」という日本独自の問題があります。句読点や「!」が行頭に来たらおかしいといったルールですね。これらも海外にはないので、開発者さんとのやり取りがすごく増えます。

もうひとつ、インディーゲームは日本のレトロゲームに影響されていて「ピクセルアート」と呼ばれるドット絵がすごく多いんです。ドット絵のゲームだと漢字が潰れる問題が多発するので、昔の『ドラクエ』とか『FF』みたいにひらがなを使わざるを得なくなるといった、ローカライズ特有の問題もすごく増えてきてしまいます。そういう意味ですごくめんどくさいですね(笑)。


ローカライズにかかる手間と時間を尊重してほしい



──架け橋ゲームズとして、日本語ローカライズの理想型はどんなものですか?

ザック:開発者さん側、パブリッシャー側に対しては「いい翻訳をするためには時間と労力がかかる」という理解をもう少し深めていただきたいですね。そしてそれを仲介する翻訳ベンダーの立場の人たちも、それらが必要なのだと説得し続けることを諦めないでほしいです。日本のユーザーは、日本語の品質を見てそのゲームの良し悪しを判断していますから。

そして、翻訳者さんが少しでもいい環境になるように、尊敬の念を持って接してあげてほしいと思っています。

桑原:よくSNSなどでゲーム内の日本語ミスを指摘して、「これ、誰もチェックしてないのでは?」といった書き込みを見かけることがあります。プレイヤーの方々が気づく大半のことは私たちローカライズする側も「LQA」で必ず報告しています。でも、残念ながらそれを修正できないさまざまな事情があるのも事実です。

もし何かに気づいた方がいたら、開発者さんへ「ここが変だよ」と教えてあげてください。開発者さんはファンの声をとても大事にされているので、私たちの声が届かない場合でもファンの方の声は届く場合があります(笑)。

また、開発者さんの多くは日本語化に不慣れな方も多く、日本語を実装するというだけで、ものすごく努力してくれています。日本で作られたゲームと同じようなレベルは求めず、まずは日本語に対応しようと思ってくれたことに対して、温かくこの業界を見守ってくれたらと思います。

※ ※ ※

立場は違えど、同じ日本語を紡ぐことを生業とする者として、ローカライズを担当される方がこれほどまでにプレイヤーファーストで大切に言葉を選んでいたということは、恥ずかしながら今回のインタビューで初めて知った。

特に最近は、機械翻訳のようなローカライズもたくさんあることは事実だ。それでも、日本のプレイヤーやメーカーに対して自分たちのゲームを届けて、プレイしてもらって感想を聞きたいという海外の開発者は本当にたくさんいる。それは今回の「TGS」での盛り上がりを見ても明らかだろう。

一方で、翻訳の労力に対する対価はまだまだ厳しいという実態もわかった。当たり外れが大きいゲーム業界では仕方のないことだとしても、情熱を持って日本にゲームを届けたいと奮闘してくれている翻訳者に対して、いちプレイヤーとしてももっと目を向けていきたいと思う。

架け橋ゲームズの「Work History」には、それぞれのゲームに携わった翻訳者たちの名前が書かれている。このインタビューを読んで、読者のみなさんがゲーム翻訳という仕事とそれに携わる翻訳者について、少しでも興味を持っていただけたら幸いだ。


架け橋ゲームズ
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