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『Return of the Obra Dinn』AAAとインディーゲームを結ぶ難易度構造のループ【インディーゲームレビュー 第44回】

プレイヤーがゲームを遊ぶのは「難易度とスキルのバランス状態」に浸りたいからだ。19世紀の保険調査員となり、航海中に消息を絶ったオブラ・ディン号の謎をときあかしていく『Return of the Obra Dinn』は、謎が謎を呼ぶ展開を通して、このバランスを巧みに保つことに成功している。


フロー理論とゲームの難易度構造

人々はなぜゲームに夢中になるのか。この命題の解答として、しばしば引用されるのがミハイ・チクセントミハイのフロー理論だ。人は難易度とスキルのバランスがとれた状況下でフロー体験(我を忘れて夢中になっている状態)に陥るというもので、ゲームでは個々のプレイヤーに対して適切な難易度を提示できる(少なくともゲームデザイナーは提示しようとする)。だからこそ、プレイヤーはゲームに夢中になるというわけだ。

もっとも難易度が一定のままではプレイ体験に伴い、プレイヤーのスキルが難易度を上回っていく。そのため多くのゲームデザイナーは、難易度を徐々に上げていったり、大小さまざまな難易度の入れ子構造を作ったりすることで、プレイヤーを適切な難易度環境に留めようとする。アドベンチャーゲームにおける「謎が謎を呼ぶ展開」などは好例で、本作『Return of the Obra Dinn』が提供しているのも、まさにこのスタイルだ。

ゲームの舞台は19世紀のイギリスで、ゲームの目的は1803年に消息を絶った商船「オブラ・ディン号」に乗り込み、遭難の謎を解き明かすことだ。プレイヤーは保険調査員となり、乗組員60名の安否と死因を究明していくことになる。死体から残留思念を読み取り、死の直前の状況を再現する不思議な懐中時計を活用して、乗組員の死因リストを完成させていくというわけだ。

▲死体の前で懐中時計を開くと過去の出来事が再現される

プレイヤーのアクションを絞り込む

ゲームの展開はシンプルだ。はじめに船内を歩き回って死体を発見する。次に死体の前で懐中時計を開けると、死の直前の状況が映像で再現される。その後、死体の情報が手記に記入される。これを繰り返しながら手がかりを集めていき、乗組員の「安否」と「船内スケッチの顔」と「名簿の名前」を一致させていくのだ。その過程で、船でおきた悲劇が浮かび上がっていく。

このように本作のプレイ体験は、断片化された情報をジグソーパズルのようにつなぎ合わせながら、過去の出来事を追体験していくというものだ。ゲームデザイン的には過去にレビューした『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』に近い。

その上で本作のユニークな点は、プレイヤーがアクションをおこせる対象を「ドアノブ」「死体」「手記」に絞り込んだことだ。これにより、アドベンチャーゲームでよくある「画面上をひたすらクリックしてアイテムを探す」などの理不尽な展開を避けることに成功している。死体の場所もハエが飛んでいたり、ハイライトされていたりするので迷いにくい。このように本作は「死体を探す」「映像が再生」「手記に記入」のサイクルに沿って、すべてがデザインされている。そのため、非常に遊びやすいのだ。

もっとも、60人すべての死体を一度に提示しては、プレイヤーも情報が多すぎて混乱してしまう。そこで本作では情報を提示する順番が巧みに管理されており、これが「謎が謎を呼ぶ展開」を作り上げている。中でもうまいと感じたのが、「3人ごとに安否確認の判定が行われる」点だ。これによりプレイヤーは、行き詰まりを感じたら手持ちの情報を確認して、安否確認をすればいいと自然に判断できる。安否確認が成功したら、より広い場所を捜索できるようになり、新たな死体が発見されて……というわけだ。

▲過去の再現映像は真相究明のための大きな手がかりだ

▲再現映像で得られた情報と船内スケッチをもとに、乗員の安否確認を行っていく

▲最後に「氏名」「安否」「死因」を選択する。スクリーンショットは英語だが、日本語ローカライズが丁寧になされている

AAAゲームにも通じる難易度構造のデザイン

もっとも、本作では推理系アドベンチャーゲームに珍しく、プレイヤーに対して「本当に推理」させようとしている。選択肢を手当たり次第に選んでいけば、自然にフラグが立ってストーリーが先に進む、というわけではない。そのためプレイヤーによっては、推理力の不足でゲームの展開がストップしてしまう事態にも陥るだろう。個人的には謎に詰まったプレイヤーは、遅かれ早かれインターネットで攻略法を検索しようとするので、最初から公式サイトに回答を掲載しても良いのではないかと思う。

また、日本語ローカライズのクオリティは高いが、映像で流れる乗員の音声が英語のままなので、日本人にとってはヒント不足に感じられてしまうのも残念だ。音声は乗員ごとに異なるが、日本人にとっては英語のボイスはすべて同じように聞こえてしまう。これがすべて日本語ボイスだったら、ゲームの間口もより広がっただろう。インディーゲームの予算規模では難しいと思われるが、今後コンソールへの移植などが行われる場合は、検討してほしい点だ。

それでも本作が高い評価を得ているのは、繰り返しになるが「謎が謎を呼ぶ展開」、具体的には「大小さまざまな難易度構造の組み合わせかた」が巧みだからだ。本作でははじめにゲームの大目的(60名の乗員の安否確認)が示される。その後、ゲームのメインサイクル(死体の発見→映像の再現→手記に記入)を体験する。その上でプレイヤーの探索に展開を委ね、徐々にゲームの展開を広げていく。このように、プレイヤーが自分に適した難易度構造に浸れるよう、巧みな配慮がなされている。

本作の難易度構造がこのように秀逸な点は、開発者であるルーカス・ポープ氏の経歴による点が大きい。ポープ氏は米ノーティドッグで『アンチャーテッド』シリーズの開発に携わった後、独立して『Papers, Please』を個人開発。IGFでアワードを受賞し、世界的なインディーゲーム開発者となった。本作はそのポープ氏の最新作であり、期待を裏切らない内容になっている。AAAゲームの開発に参加した知見が存分に生かされた内容だといえるだろう。

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■関連リンク
Steam『Return of the Obra Dinn』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/653530/Return_of_the_Obra_Dinn/
『Return of the Obra Dinn』公式サイト
https://obradinn.com/
Steam『Papers, Please』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/239030/Papers_Please/
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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