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『Unpacking』デベロッパー・プレイヤー・社会で変わるゲーム批評のあり方【インディーゲームレビュー 第115回】
ゲームのレビュー内容は人それぞれだ。同じゲームを批評しても、批評者の立場で見方は変わる。荷ほどきをするだけのゲーム『Unpacking(アンパッキング)』においても、デベロッパー視点・プレイヤー視点・社会的視点で内容がさまざまに変わってくる。
批評とは、「モノの価値を判断し、その理由を論じる行為」だ。そのため対象物が同じでも、評者や立場によってさまざまな批評があり得る。同じ一振の日本刀でも、「鉄と炭素の配分が絶妙だ(物理的・材質的視点)」「吸い込まれるように美しい(工芸品的視点)」「よく切れる(機能的視点)」「人を切ったことがあるに違いない(社会的視点)」など、さまざまな視点があるだろう。だからこそ批評は記名で行うことが求められる。無記名の批評では論者の立場がわからないからだ。
オーストラリアのインディーゲーム会社「Witch Beam」が開発した、箱から荷物を出して部屋に配置していくゲーム『Unpacking』でも同様で、論者の立場で批評は万華鏡のように変化する。書籍『ルールズ・オブ・プレイ』で著者のケイティ・サレン(Katie Salen)とエリック・ジマーマン(Eric Zimmerman)がゲームを「ルール」「遊び」「文化」の3層で論じたように、本レビューでもこのシンプルなゲームを「デベロッパー」「プレイヤー」「社会」という3つの視点から批評してみよう。
GIFアニメを見ればわかるように、本作は引っ越し荷物を荷ほどきして、収納していくパズルゲームだ。段ボールを開け、すべての荷物を所定の場所に収納すればゲームはクリアとなる。食器類なら台所、テレビはリビング、服は寝室といった具合に、荷物によって置くべき部屋は決まっているが、ある程度の自由度は残されている。制限時間などはないので、リラックスしてゲームを進められる。もっとも、ある程度配置を考慮しなければ、置き場所が不足してしまうので、注意が必要だ。
デベロッパー視点から本作をみた場合、ゲームのアイデアが秀逸だ。開発者インタビューによると、本作はブリスベン在住のレン・ブライアー(Wren Brier)とティム・ドーソン(Tim Dawson)が、ゲーム開発イベントで知り合ったのをきっかけにカップルとなり、引っ越しをしている最中に閃いたという。荷物をほどいて所定の位置に配置していくだけで、ゲームになることに気がついたのだ。引っ越し作業は非常に身近な行為だが、これをゲームにしようと考えた開発者はこれまでいなかった。まさに慧眼だろう。
本作でユニークなのは、荷物が詰まっている段ボールを動かすことができない点だ。荷物もランダムではなく、意図をもって出てくるように調整されている。これが通常のゲームにおけるレベルデザインに相当しているのだ。ドット絵で描かれたグラフィックもユニークで温かみがあり、ほのぼのとした雰囲気を醸し出している。もっとも、1000点以上のアイテムと台所・リビング・寝室といった35種類の部屋をハンドメイドで作る必要があったという。効率化という点では問題があったかもしれない。
作り手側の事情を考慮せず、純粋なプレイヤー視点で本作を捉えると、人によって評価が分かれる内容だろう。激しいアクションやゴア表現などを求めるプレイヤーにはお勧めできない内容だ(そもそも、そういったプレイヤーは購入しないだろうが)。一方で文字情報がほとんど登場しないため、さまざまな国や地域のプレイヤーにお勧めできる。ただし、個々のグラフィックが抽象化されているため、どこに収納すべきかわかりづらく、総当たりで場所を探すことを求められたアイテムもあった。
本作のユニークなゲーム体験に、モノから住人が透けて見えてくる点がある。ゲームは全8ステージで、1997年から2018年まで約20年の歳月が進行する。その過程でゲームやアニメ好きの少女が成長し、一人暮らしからシェアハウス、同棲、別れ、そして新たな道へと、人生を歩んでいく様が、モノを通して描かれるのだ。また、ゲームが進むにつれてモノが次第に入れ替わったり、モノの価値が変化していく様子も描かれている。さまざまなナラティブが生まれるユニークな素材になっているのだ。
本作はまた、さまざまな仕掛けが込められている点もポイントだ。PCやゲーム機などは実際に電源を入れ、画面を表示させられる。ラジカセから音楽を流したり、パンをトーストしたりすることもできる。思わぬところで意外な反応が発生することで、プレイヤーにビックリ箱を開けるような体験を提示しているのだ。もっとも、これらの説明がゲーム中に存在しないため、筆者はクリア後にゲームサイトで情報を収集するまで、気がつかなかった。この点は改善の余地があるだろう。
このように本作は、インタラクティブな絵本という性格を有している。ゲームをクリア後にそれぞれの部屋の写真がスナップされ、アルバムに収納される点からも、そのことは明らかだ(アルバムを開いて再度プレイすることもできる)。ただし、PCのマウスとキーボードや、ゲーム機のコントローラーという操作デバイス(本作はNintendo SwitchとXbox One版も発売されている)により、体験が削がれているようにも思える。iPadのように指でタッチして遊ぶのに向いた内容だといえるだろう。
タブレット版が期待される理由の一つに、親子で遊ぶのに向いた内容である点もあげられる。親子で遊ぶうちに、さまざまな会話が飛び出してくるのではないだろうか。女性とおぼしき住人の人となりや趣味、性格などを、互いに話しあうのもいいだろう。そしてラストシーンのスナップの意味も考察してみてほしい。受け取り方によっては、本作はモノから女性の私生活を覗き見するゲームだともいえる。そうした批判を一蹴するエンディングであり、多様性の意味をうまく描いた演出になっている。
繰り返しになるが、これらはあくまで本作の見方の一つであり、どれが正しくて、どれが間違っているというものではない。また、評者の数だけ批評があると言っても過言ではない。だからこそ、批評を行う際には自分に正直になることが重要だ。また、作品の批評と作者の評価は別であることを、批評をする側も、批評される側も、正しく理解する必要がある。ただ褒めるだけ、けなすだけが批評ではない。今後もさまざまな立場の、さまざまな批評が楽しめることを期待したい。
metacriticスコア:84
主な受賞歴:Official Selection(PAX Online Indie Showcase)、PAX AUS Indie Showcase、BitSummit 7 Spirits Best of Show Nominee、Innovative Award Nominee、Sound Design Award Nominee他
Steam『Unpacking』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1135690/Unpacking/?l=japanese
Witch Beam公式サイト
https://witchbeam.com.au/
「The making of Unpacking: From bullet-hell to domestic heaven」(開発者インタビュー)
https://www.gameshub.com/news/features/the-making-of-unpacking-from-bullet-hell-to-domestic-heaven-6597/
批評とは、「モノの価値を判断し、その理由を論じる行為」だ。そのため対象物が同じでも、評者や立場によってさまざまな批評があり得る。同じ一振の日本刀でも、「鉄と炭素の配分が絶妙だ(物理的・材質的視点)」「吸い込まれるように美しい(工芸品的視点)」「よく切れる(機能的視点)」「人を切ったことがあるに違いない(社会的視点)」など、さまざまな視点があるだろう。だからこそ批評は記名で行うことが求められる。無記名の批評では論者の立場がわからないからだ。
オーストラリアのインディーゲーム会社「Witch Beam」が開発した、箱から荷物を出して部屋に配置していくゲーム『Unpacking』でも同様で、論者の立場で批評は万華鏡のように変化する。書籍『ルールズ・オブ・プレイ』で著者のケイティ・サレン(Katie Salen)とエリック・ジマーマン(Eric Zimmerman)がゲームを「ルール」「遊び」「文化」の3層で論じたように、本レビューでもこのシンプルなゲームを「デベロッパー」「プレイヤー」「社会」という3つの視点から批評してみよう。
デベロッパー視点:アイデアのユニークさ
GIFアニメを見ればわかるように、本作は引っ越し荷物を荷ほどきして、収納していくパズルゲームだ。段ボールを開け、すべての荷物を所定の場所に収納すればゲームはクリアとなる。食器類なら台所、テレビはリビング、服は寝室といった具合に、荷物によって置くべき部屋は決まっているが、ある程度の自由度は残されている。制限時間などはないので、リラックスしてゲームを進められる。もっとも、ある程度配置を考慮しなければ、置き場所が不足してしまうので、注意が必要だ。
デベロッパー視点から本作をみた場合、ゲームのアイデアが秀逸だ。開発者インタビューによると、本作はブリスベン在住のレン・ブライアー(Wren Brier)とティム・ドーソン(Tim Dawson)が、ゲーム開発イベントで知り合ったのをきっかけにカップルとなり、引っ越しをしている最中に閃いたという。荷物をほどいて所定の位置に配置していくだけで、ゲームになることに気がついたのだ。引っ越し作業は非常に身近な行為だが、これをゲームにしようと考えた開発者はこれまでいなかった。まさに慧眼だろう。
本作でユニークなのは、荷物が詰まっている段ボールを動かすことができない点だ。荷物もランダムではなく、意図をもって出てくるように調整されている。これが通常のゲームにおけるレベルデザインに相当しているのだ。ドット絵で描かれたグラフィックもユニークで温かみがあり、ほのぼのとした雰囲気を醸し出している。もっとも、1000点以上のアイテムと台所・リビング・寝室といった35種類の部屋をハンドメイドで作る必要があったという。効率化という点では問題があったかもしれない。
プレイヤー視点:モノを通して描かれる人生
作り手側の事情を考慮せず、純粋なプレイヤー視点で本作を捉えると、人によって評価が分かれる内容だろう。激しいアクションやゴア表現などを求めるプレイヤーにはお勧めできない内容だ(そもそも、そういったプレイヤーは購入しないだろうが)。一方で文字情報がほとんど登場しないため、さまざまな国や地域のプレイヤーにお勧めできる。ただし、個々のグラフィックが抽象化されているため、どこに収納すべきかわかりづらく、総当たりで場所を探すことを求められたアイテムもあった。
本作のユニークなゲーム体験に、モノから住人が透けて見えてくる点がある。ゲームは全8ステージで、1997年から2018年まで約20年の歳月が進行する。その過程でゲームやアニメ好きの少女が成長し、一人暮らしからシェアハウス、同棲、別れ、そして新たな道へと、人生を歩んでいく様が、モノを通して描かれるのだ。また、ゲームが進むにつれてモノが次第に入れ替わったり、モノの価値が変化していく様子も描かれている。さまざまなナラティブが生まれるユニークな素材になっているのだ。
本作はまた、さまざまな仕掛けが込められている点もポイントだ。PCやゲーム機などは実際に電源を入れ、画面を表示させられる。ラジカセから音楽を流したり、パンをトーストしたりすることもできる。思わぬところで意外な反応が発生することで、プレイヤーにビックリ箱を開けるような体験を提示しているのだ。もっとも、これらの説明がゲーム中に存在しないため、筆者はクリア後にゲームサイトで情報を収集するまで、気がつかなかった。この点は改善の余地があるだろう。
社会的視点:女性の生き方を描くということ
このように本作は、インタラクティブな絵本という性格を有している。ゲームをクリア後にそれぞれの部屋の写真がスナップされ、アルバムに収納される点からも、そのことは明らかだ(アルバムを開いて再度プレイすることもできる)。ただし、PCのマウスとキーボードや、ゲーム機のコントローラーという操作デバイス(本作はNintendo SwitchとXbox One版も発売されている)により、体験が削がれているようにも思える。iPadのように指でタッチして遊ぶのに向いた内容だといえるだろう。
タブレット版が期待される理由の一つに、親子で遊ぶのに向いた内容である点もあげられる。親子で遊ぶうちに、さまざまな会話が飛び出してくるのではないだろうか。女性とおぼしき住人の人となりや趣味、性格などを、互いに話しあうのもいいだろう。そしてラストシーンのスナップの意味も考察してみてほしい。受け取り方によっては、本作はモノから女性の私生活を覗き見するゲームだともいえる。そうした批判を一蹴するエンディングであり、多様性の意味をうまく描いた演出になっている。
繰り返しになるが、これらはあくまで本作の見方の一つであり、どれが正しくて、どれが間違っているというものではない。また、評者の数だけ批評があると言っても過言ではない。だからこそ、批評を行う際には自分に正直になることが重要だ。また、作品の批評と作者の評価は別であることを、批評をする側も、批評される側も、正しく理解する必要がある。ただ褒めるだけ、けなすだけが批評ではない。今後もさまざまな立場の、さまざまな批評が楽しめることを期待したい。
metacriticスコア:84
主な受賞歴:Official Selection(PAX Online Indie Showcase)、PAX AUS Indie Showcase、BitSummit 7 Spirits Best of Show Nominee、Innovative Award Nominee、Sound Design Award Nominee他
Steam『Unpacking』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1135690/Unpacking/?l=japanese
Witch Beam公式サイト
https://witchbeam.com.au/
「The making of Unpacking: From bullet-hell to domestic heaven」(開発者インタビュー)
https://www.gameshub.com/news/features/the-making-of-unpacking-from-bullet-hell-to-domestic-heaven-6597/
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