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『A YEAR OF SPRINGS』作者の思いを届けるためのゲームデザイン上の工夫【インディーゲームレビュー 第109回】
セクシャルマイノリティをテーマとした短編オムニバスノベルゲーム。キャラクターの「愛したい、繋がりたい、受け入れてもらいたい」という思いを表現するための、さまざまなテクニックが光っている。
これについて作家の鏡裕之は、著書『美少女ゲームシナリオバイブル』で「小説と美少女ゲームのシナリオは別もの」と論じ、あらたに「ゼロ人称」という概念を提示している。詳細は省くが、それだけゲームは没入感の高いメディアだといえる。
こうした視点で見た時、本作『A YEAR OF SPRINGS』のユニークさは群を抜いているだろう。本作に登場する3人の主人公は、いずれも(セクシャル)マイノリティだからだ。ゲームのテーマもマイノリティが社会に対して抱く「生きづらさ」で、大半のゲーマーにとって関心がわきにくい内容のように思える。
その一方で本作は、この社会的なテーマをうまく昇華し、多くの人に受け入れやすい内容になっているのだ。それを支えているのが、本作ならではの丁寧なゲームデザインだといえる。以下、「キャラクターの配置」「選択肢のデザイン」「シナリオの描写」から分析していこう。
ゲーム画面にあるとおり、本作は背景+キャラクター+メッセージウィンドウという、典型的な画面デザインを採用している。もっとも、多くのノベルゲームと異なり、キャラクターがすべて画面上に表示されている。このとき、主人公が必ず画面の左側に登場し、右側には他のキャラクターが配置される。イベントシーンをのぞけば、この原則がくつがえされることは、ほぼない。
本作を開発した個人ゲーム開発者、npckcいわく「多くのゲームは左から右に進むので、主人公を左側に配置した」とのことだが、これが興味深い効果を与えている。芝居や映像作品では、画面の右側(上手)は安定感、左側(下手)は不安感を演出する。同じように上手は過去、下手は未来や可能性を位置する方向だ。宇宙戦艦ヤマトが画面の右から左に向かって進むのも、上手と下手を意識してのことだ。
この視点で本作を見ると、マイノリティの主人公に対して、社会適合者(のように見える)他のキャラクターが、上手からぐいぐい迫ってくるように見える。「one night, hot springs」でトランスジェンダーのハルが、エリカからのぶしつけな(ようにみえる)質問にストレスを感じるのも、ハルが下手にいるからだ。この配置が逆だったら、その意図も半減していただろう。
『公衆電話』のレビューで論じたように、ノベルゲームにおける選択肢は常に有限だ。そのため選択肢がぞんざいだと、「このキャラクター(=私)は、こんな言動はとらない」など、プレイヤーと主人公の気持ちが乖離してしまう。その一方でテーマや状況と選択肢をうまく重ね合わせると、プレイヤーと主人公の同一視を深められる。小説などにはない、ゲームならではの強みだ。
さらにゲームでは、主人公が逡巡するような選択肢も作れる。「spring leaves no flowers」で愛美がハルに対して抱く疑念はその一つだ。文言を打ち消した選択肢をあえて続けることで、プレイヤーと愛美の気持ちを重ね合わせているのだ。
一般的にノベルゲームでは、小説では冗長とされる表現が受け入れられやすい傾向にある。プレイヤーと主人公の同一視が高いため、プレイヤーは「物語上必要な展開」よりも、「日常を疑似体験する」ことを望みがちだからだ。もっとも、こうした描写は、ともすれば作り手側の自己満足にもなりやすい。この点、本作はシナリオを必要最低限に絞ることで、余韻を出すことに成功している。
グラフィックデザインやサウンドトラックなどに加えて、メッセージに用いられているフォントにも注目だ。瀬戸フォントによる台詞回しが、優しい世界観の演出に一役買っている。このように本作は短編オムニバスながら、作り手のメッセージを伝えるうえで、さまざまな工夫がこらされている。そのこだわりはBGMの内容をテキストで描写するオプションを加えるなど、徹底している。
「自分のような人が出てくるゲームがない」……インタビュー記事「『ゲームでマイノリティを描くこと』LGBTQ+当事者が語る、社会を変えるゲームの力」(KAI-YOU Premium)で、npckcはそう語っている。しかし、作品を仲間内での消費にとどめず、自分以外の人に思いを伝えるためには、そのための言葉や姿勢、すなわちゲームデザイン上の工夫が必要だ。本作はその最右翼だと言えるだろう。
metacriticスコア:なし
主な受賞歴:TGS2021 インディーゲーム出展作
Steam『A YEAR OF SPRINGS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1688580/A_YEAR_OF_SPRINGS/
『A YEAR OF SPRINGS』公式サイト
https://ayearofsprings.crd.co/
「ゲームでマイノリティを描くこと」LGBTQ+当事者が語る、社会を変えるゲームの力
https://premium.kai-you.net/article/447
ノベルゲームの常識からはみ出したゲーム
ノベルゲームの主人公はプレイヤーが同一視しやすいように、没個性的であることが求められる。ライトノベル『スレイヤーズ』の主人公、リナ=インバースをはじめ、小説では一人称視点でも、奇人・変人・異端児が活躍するのと対称的だ。これについて作家の鏡裕之は、著書『美少女ゲームシナリオバイブル』で「小説と美少女ゲームのシナリオは別もの」と論じ、あらたに「ゼロ人称」という概念を提示している。詳細は省くが、それだけゲームは没入感の高いメディアだといえる。
こうした視点で見た時、本作『A YEAR OF SPRINGS』のユニークさは群を抜いているだろう。本作に登場する3人の主人公は、いずれも(セクシャル)マイノリティだからだ。ゲームのテーマもマイノリティが社会に対して抱く「生きづらさ」で、大半のゲーマーにとって関心がわきにくい内容のように思える。
その一方で本作は、この社会的なテーマをうまく昇華し、多くの人に受け入れやすい内容になっているのだ。それを支えているのが、本作ならではの丁寧なゲームデザインだといえる。以下、「キャラクターの配置」「選択肢のデザイン」「シナリオの描写」から分析していこう。
上手と下手を意識した「キャラクター配置」
本作はトランスジェンダーの女性・鈴木ハルが温泉に行く「one night, hot springs」、元不良の永田エリカがハルのためにスパ旅行を企画する「last day of spring」、箱入り娘の女子大生・立花愛美が彼氏や友達とすごす「spring leaves no flowers」で構成される短編集だ。いずれの作品にもハル、エリカ、愛美が登場し、それぞれの視点で3人の物語が進行する。ゲーム画面にあるとおり、本作は背景+キャラクター+メッセージウィンドウという、典型的な画面デザインを採用している。もっとも、多くのノベルゲームと異なり、キャラクターがすべて画面上に表示されている。このとき、主人公が必ず画面の左側に登場し、右側には他のキャラクターが配置される。イベントシーンをのぞけば、この原則がくつがえされることは、ほぼない。
本作を開発した個人ゲーム開発者、npckcいわく「多くのゲームは左から右に進むので、主人公を左側に配置した」とのことだが、これが興味深い効果を与えている。芝居や映像作品では、画面の右側(上手)は安定感、左側(下手)は不安感を演出する。同じように上手は過去、下手は未来や可能性を位置する方向だ。宇宙戦艦ヤマトが画面の右から左に向かって進むのも、上手と下手を意識してのことだ。
この視点で本作を見ると、マイノリティの主人公に対して、社会適合者(のように見える)他のキャラクターが、上手からぐいぐい迫ってくるように見える。「one night, hot springs」でトランスジェンダーのハルが、エリカからのぶしつけな(ようにみえる)質問にストレスを感じるのも、ハルが下手にいるからだ。この配置が逆だったら、その意図も半減していただろう。
プレイヤーと主人公の気持ちを重ねる「選択肢のデザイン」
続いて「選択肢のデザイン」では、ゲーム中に登場するほとんどの選択肢が、マイノリティが抱える社会的ストレスに絡めたものになっている点があげられる。「one night, hot springs」の冒頭で、愛美から温泉旅行に誘われたハルが、トラブルを気にして逡巡する選択肢は好例だ。だからこそ、プレイヤーは常にマイノリティが抱えるストレスを疑似体験させられることになる。『公衆電話』のレビューで論じたように、ノベルゲームにおける選択肢は常に有限だ。そのため選択肢がぞんざいだと、「このキャラクター(=私)は、こんな言動はとらない」など、プレイヤーと主人公の気持ちが乖離してしまう。その一方でテーマや状況と選択肢をうまく重ね合わせると、プレイヤーと主人公の同一視を深められる。小説などにはない、ゲームならではの強みだ。
さらにゲームでは、主人公が逡巡するような選択肢も作れる。「spring leaves no flowers」で愛美がハルに対して抱く疑念はその一つだ。文言を打ち消した選択肢をあえて続けることで、プレイヤーと愛美の気持ちを重ね合わせているのだ。
モノローグや日常描写を省いた「シナリオの描写」
最後に「シナリオ描写」について見ていこう。こちらも興味深いことに、本作ではノベルゲームにつきもののモノローグや日常描写に乏しい。ストーリーはキャラクター同士のかけ合いでテンポよく進んでいき、メッセージウィンドウがマンガの吹き出しのように感じられるほどだ。「last day of spring」で登場するSNSの描写は好例で、ゲーム全体でも良いアクセントになっている。一般的にノベルゲームでは、小説では冗長とされる表現が受け入れられやすい傾向にある。プレイヤーと主人公の同一視が高いため、プレイヤーは「物語上必要な展開」よりも、「日常を疑似体験する」ことを望みがちだからだ。もっとも、こうした描写は、ともすれば作り手側の自己満足にもなりやすい。この点、本作はシナリオを必要最低限に絞ることで、余韻を出すことに成功している。
グラフィックデザインやサウンドトラックなどに加えて、メッセージに用いられているフォントにも注目だ。瀬戸フォントによる台詞回しが、優しい世界観の演出に一役買っている。このように本作は短編オムニバスながら、作り手のメッセージを伝えるうえで、さまざまな工夫がこらされている。そのこだわりはBGMの内容をテキストで描写するオプションを加えるなど、徹底している。
「自分のような人が出てくるゲームがない」……インタビュー記事「『ゲームでマイノリティを描くこと』LGBTQ+当事者が語る、社会を変えるゲームの力」(KAI-YOU Premium)で、npckcはそう語っている。しかし、作品を仲間内での消費にとどめず、自分以外の人に思いを伝えるためには、そのための言葉や姿勢、すなわちゲームデザイン上の工夫が必要だ。本作はその最右翼だと言えるだろう。
metacriticスコア:なし
主な受賞歴:TGS2021 インディーゲーム出展作
Steam『A YEAR OF SPRINGS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1688580/A_YEAR_OF_SPRINGS/
『A YEAR OF SPRINGS』公式サイト
https://ayearofsprings.crd.co/
「ゲームでマイノリティを描くこと」LGBTQ+当事者が語る、社会を変えるゲームの力
https://premium.kai-you.net/article/447
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