Gamers Zone

move to login

GAME PCゲームで勝ち抜くための情報満載!

『迷路探偵ピエール:ラビリンス・シティ』絵本版とゲーム版、2つのピエールの違い【インディーゲームレビュー 第125回】

目次
  1. どうなる、どうする、デジタル教科書
  2. 絵本とゲーム、それぞれの特性を活かしたデザイン
  3. 絵本版は砂場遊びで、ビデオゲーム版はテーマパーク
  4. 出版業界とゲーム業界の理想的なコラボレーション
タブレット向け知育アプリをはじめ、ビデオゲームと絵本は相性がいい。しかし、両者のメディア特性を見誤ると、その良さも失われてしまう。絵本が原作の迷路アドベンチャー『迷路探偵ピエール:ラビリンス・シティ』を題材に、コンテンツの変換について考える。


どうなる、どうする、デジタル教科書


GIGAスクール構想の進展でデジタル教科書のあり方が問われている。端末特性を活かすなら、教科書や副読本なども、すべてデジタル化するのが理想だろう。ただし、一口にデジタル化といっても、教科書をPDFにしたものから、動画や音声を盛り込んだもの。さらにはビデオゲームのようにインタラクティブな要素を盛りこんだものまでさまざまだ。義務教育においては教科書も無償で提供される必要がある。内容とコストのバランスをめぐって、さまざまな議論が続けられている。

その一方で書籍(特に絵本)とビデオゲームの相性がいいことは明らかだ。教科書出版で有名な東京書籍がトンキンハウスというブランド名でファミコンソフトを発売するなど、出版とゲームの関係は深い。1990年代のマルチメディアブーム下で、さまざまなデジタルコミックが「出版」されたことを覚えている人も少なくないだろう。タブレットの発売に伴い、タッチ操作で遊びながら学べる知育ソフトが増加しているのも、この流れに位置づけられる。

絵本とゲーム、それぞれの特性を活かしたデザイン


こうした中、興味深い事例となったのが『迷路探偵ピエール:ラビリンス・シティ』だ。日本で永岡書店から2014年に出版された絵本が原作で、パズル好きの「迷路探偵」ことピエールと、助手のカルメンの冒険譚が描かれる。ページをめくると、見開きで描かれた街や建物などが描かれており、よく見ると迷路になっている仕組みだ。読者はテキストを読むかわりに、実際に紙面を指でなぞりながら迷路を進み、ピエールと一体になって物語の世界を探索していくのだ。

作:カミガキヒロフミ&IC4DESIGN、文:丸山ちひろ『迷路探偵ピエール ~うばわれた秘宝を探せ!~』(永岡書店)
出典:https://www.nagaokashoten.co.jp/book/9784522432631/

30言語に翻訳、32カ国以上に出版され、シリーズ3作で85万部を売り上げたベストセラーが、2021年にフランスのゲーム会社、ダージリンによってゲーム化された。それが本作『迷路探偵ピエール:ラビリンス・シティ』だ。

絵本版第一作『うばわれた秘宝を探せ!』の内容がベースで、プレイヤーは画面上でピエールを操作しながら、迷路をクリアしていく。アートスタイルをはじめ、原作のイメージが忠実に再現されており、謎やパズル要素なども少ない。まさに絵本をめくるような感覚で楽しめるだろう。

もっとも、絵本とビデオゲームはメディアが異なる。そのため両者は体験が根本的に異なっている。前述の通り「なぞる」という行為が主体だった絵本版に対して、ビデオゲーム版は「操作する」という行為に変換されているのだ。具体的には画面上に操作キャラクター「ピエール」が表示され、プレイヤーはコントローラーを操作して、迷路上のピエールを動かし、ゴールまで導いていく。これに伴い、次のような違いがみてとれる。

  • 「ピエールを操作してゴールをめざす」という目標と手段の明示化
  • 行き止まりや壁を乗り越えるなど、禁止行為の明示化
  • 世界を楽しげに見せるための工夫(アニメーション、音楽、メッセージなど)
  • ストーリー性の強化
  • 矢印の表示など、ゴールまで導くための工夫
  • マップの一部を拡大表示し、スクロールさせるなどの、情報提示の工夫

つまりビデオゲーム版では絵本版よりも「プレイヤーをしっかりと楽しませる」という側面が強化されているのだ。


絵本版は砂場遊びで、ビデオゲーム版はテーマパーク


実際、絵本版では読者はどのように遊んでもいいし、遊ばなくてもいい。紙面から迷路の存在を認知する読者もいれば、精細なイラストを眺めて楽しむだけの読者もいるだろう。迷路を指でなぞりながら、行き止まりを無視するなど、ずるをする読者もいるだろう。閉まっている扉の向こう側に何があるのか、想像して楽しむ読者もいるだろう。世界の「こちら側」にいる読者が、能動的に絵本の世界に入り込んでくれることを期待しつつ、入り込まなくてもいいという自由度が担保されているのだ。

これに対してビデオゲーム版では、プレイヤーにピエールを操作させることで、より世界への没入感が高められている。行き止まりを無視して進むことはできないし、一度に画面に表示される範囲もピエールの周囲に限定されている。そのかわり、実際に扉を開けたり、画面上の人々に話しかけたり、アイテムなどに触ったりもできる。アニメーションやサウンドでゲームを盛り上げる要素もある。プレイヤーを飽きさせることなく、ゴールまで誘導するための工夫が大量に盛り込まれているのだ。

言い換えれば絵本版は砂場遊びで、ビデオゲーム版はテーマパークの楽しさだとも言えるだろう。これはどちらが良い悪いという問題ではなく、両者のメディア特性の違いによるものだ。絵本版では読者は物語世界の外側にいて、想像力を働かせて世界にかかわっていく。これに対してビデオゲーム版ではプレイヤーの分身が画面上にいて、その分身を操作しながら、より没入的に世界にかかわっていく。だからこそ「何かに触ると、反応する」といったインタラクション要素の追加が必要になったのだ。



出版業界とゲーム業界の理想的なコラボレーション


絵本版の原作者であるIC4DESIGNは筆者のメールインタビューで、「絵本は、子供たちにイマジネーションを広げて遊んで欲しい気持ちがありました。例えば、家のドアなどは絵なので開かないし入れないですが、入ったら何があるのかな? など想像しながら楽しんでほしい。逆にゲームは、実際に開いたり入れたりします。ビルの後ろが抜けられたりもして、絵本の拡張版と言えると思います」とコメントしている。また、絵本を買わない層からのリアクションも多く、驚きと喜びがあったという。

本作の開発はダージリンの創業者が子どものために絵本版を購入したことがきっかけだった。企画・開発はダージリンだが、IC4DESIGNもアイデア出し、タイトルロゴの作成、幕間マンガの描き起こしなど、さまざまな形でかかわったという。ここから見て取れるのは、出版業界とゲーム業界の理想的なコラボレーションだ。「これだけクオリティが高いものを作り上げるには、単に労働の1つとしてこなしていてはとてもこんなにはできません。これは実際に描いた経験からよくわかります」(IC4DESIGN)

本作はエンターテインメント作品のデジタル化であり、教科書のデジタル化では、また話が異なる点もある。ただし、教科内容の本質部分を抽出し、児童・生徒の興味を引かせつつ、いかに学習効果を上げるか、参考になる点は多々あると考えられる。ゲーム業界では駄目な知育ゲームの例として、しばしば「チョコレートをかけたブロッコリー」という表現がある。子どもの偏食を直す目的で、野菜にチョコレートをかけても意味がない。本作を糧の一つとして、次世代のデジタル教科書に思いをはせたい。

主な受賞歴:
Visual Design Award Winner - IndieCade 2020
Best Quality of Art Winner - Game Connection Asia 2022 Indie Development Awards
Best Oversea Game Nominee- indiePlay 2020
Metacriticスコア:81点

Steam 『迷路探偵ピエール:ラビリンス・シティ』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1421790/_/?l=japanese
永岡書店『迷路探偵ピエール~奪われた秘宝を探せ!~』
https://www.nagaokashoten.co.jp/book/9784522432631/
IC4DESIGN 公式サイト
http://www.ic4design.com/
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

WRITER RANKING プロゲーマーやゲーム業界人などの人気ライターランキング