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『Mutazione』ゲームだからできるソープオペラ【インディーゲームレビュー 第82回】

日本の「昼ドラ」に相当する「ソープオペラ」。「通俗的な連続メロドラマ」と一段低く見られることも多い。こうした中、多彩な経歴を持つクリエイターが集まって制作された『Mutazione』は、ソープオペラの要素をうまくゲームに生かした意欲作となった。


ソープオペラとゲームの意外な関係性

日本では昼ドラ。英米ではソープオペラ。主な視聴者は主婦層で、アメリカで放映が開始された当時、石鹸会社がスポンサーについたことから、この名前が広まった。恋愛・不倫・親子関係など、視聴者が共感を持ちやすいテーマが多く、「通俗的な連続メロドラマ」と一段低く見られることも少なくない。

にもかかわらず、本作『Mutazione』でゲームシナリオとナラティブデザインをつとめたハンナ・ニックリンはインタビュー記事で、「複数のストーリーが折り重なって進む群像劇である」「多面的な登場人物を描きやすく、完全な善人や悪人が少ない」点をあげつつ、ソープオペラに影響を受けたと語っている。

実際、ソープオペラのこうした特徴は、『新スタートレック』『ER緊急救命室』をはじめ、多くのドラマに影響を与えている。そして、この点は以下に示すように、ナラティブゲームのデザインと相性が良い。本作もまた、「ゲーム版ソープオペラ」だといえるだろう。


ミュータントの住む島で庭師として暮らす

本作の主人公は15歳の少女「カイ」で、ゲームの目的はガーデニングを通してコミュニティ、そして世界を再生させていくことだ。

ゲームの舞台は隕石の衝突で荒廃し、住人がミュータントとなった孤島だ。かつて調査隊のメンバーとして島に渡った祖父の「原罪」を縦軸、コミュニティが抱える人間関係や諸問題を横軸に、ストーリーが展開していく。その過程でカイ自身のアイデンティティが確立されていくという立て付けだ。主人公が同性愛者であることを匂わすシーンがあるなど、現代的な要素も盛り込まれている。

メインのゲームシステムはポイント&クリック型のアドベンチャーゲームで、プレイヤーは「住人と会話をする」「種を収集する」「庭を育てる」行為を繰り返しながら、ゲームを進めていく。植物には固有の楽器がアサインされており、庭を育てることが即興音楽の演奏につながる。このメカニクスによって、本作はIGF(Independent Games Festival)のExcellence in Audio賞の受賞を果たした。

ゲームは全8章で構成され、『ABZÛ』のレビューで論じたように、典型的な三幕構成で展開する。パズル要素も乏しく、プレイヤーはビジュアルノベルゲームを楽しむ感覚で遊べるだろう。



ドラマとゲーム、ストーリーテリングの違い

本作でユニークなのは、なんといってもカイの描き方だ。就寝前にわざわざズボンを脱いだり、下着(水着?)姿で泉に飛び込んだりと、ドキッとさせられる描写を盛り込んだ。これに同性愛者という設定が加わることで、想像がかきたてられるのだ。もっとも、女性プレイヤーが遊べば、また違った感想が出てくるだろう。

他に物語の鍵を握る祖父に対して、なぜもっと情報を共有してくれないのかと、プレイヤーの気持ちを代弁するシーンもある。主人公はゲーム世界におけるプレイヤーの仮想身体であり、ゲームならではの感情移入のテクニックだ。いずれも劇作家として10年間のキャリアをもつ、ハンナならではのアイデアだと思われる。

もっとも、そこで描かれる物語は少々複雑だ。ストーリーは会話の端々に分割されて散りばめられ、ゆきつもどりつ、重層的な形でプレイヤーに提示されていく。これを通して、一見すると平和なコミュニティに、さまざまな課題があることが見えてくる仕掛けだ。ナラティブゲームに多く見られる「余白を生かす」物語演出で、ソープドラマのストーリーテリングをゲームに生かした形だともいえる。

ただし、ドラマと違いゲームの進め方は人によって異なるため、得られる情報が違ってくる。そのため、プレイヤーによっては意味が掴みにくい状況が起こりえる。特に終盤は展開が加速していくため、人によっては唐突感を感じることもあるだろう。これを補足するために、本作ではゲームの展開に応じてカイが日記をつけていく要素がある。ゲームの展開につまったら、開いてみるといいだろう。

また、群像劇にもかかわらず、キャラクター同士の関係がわかりにくいようにも感じられた。ゲームを進めながら相関図を埋めていくような仕掛けがあれば、理解の助けになっただろう(もっとも、これには翻訳の問題も関係している。英語では「YOU」でも、日本語では「君」「あなた」「お前」など、キャラクターごとに呼び方が変わると、よりわかりやすかった)。

他にメッセージウインドウの大きさや、台詞の表示の仕方、改行の仕方などについて、もう少し工夫があってもよかったように思える。



多様なクリエイターが集まって作られた突然変異

ただし、このように物語体験のさせ方をのぞけば、本作は細かい点まで配慮の行き届いた秀作だ。

本連載ではこれまで何度も、「ゲームは現実世界を抽象化・誇張化したもの」だと表現してきた。このことは、ゲームで表現されるものにはすべて意味があり、作り手の意図がこめられていることを意味している。つまり良いゲームとはゲームプレイを通して、作り手の意図が理解しやすいゲームだと言える。この点からすれば、本作はさまざまなものに意味を感じ取ることができる。

なぜゲームの舞台が孤島なのか。キャラクターの数を限定しやすく、余計なものを描かなくて済むからだ。なぜ住人はミュータントなのか。キャラクターの区別を容易にするためだ。なぜガーデニングなのか。庭はコミュニティの縮図であり、多様な植物を育てることが、本作のテーマの一つでもある多様性(ダイバーシティ)や、生態系のバランスを象徴するからだ。なぜカイと祖父だけ人間体なのか。よそ者であることをわかりやすく表現するためだ。他にもいろいろとあげられるだろう。



本作を開発したDie Gute Fabrikはドイツのスタジオで、ハンナを筆頭にゲーム以外のキャリアをもつクリエイターが活躍している。クリエイティブディレクターでアートワークを担当したニルス・デネケン氏はイラストレーター出身で、コンポーザーをつとめたアレッサンドロ・コロナ氏は映画、ポップス、自然環境から影響を受けた作曲が持ち味だ。ハンナ自身も芸術系の博士号を所持している。イタリア語で「突然変異」の意味を持つ本作は、まさにゲーム界の突然変異なのかもしれない。

STEAM『Mutazione』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/1080750/Mutazione/?l=japanese
『Mutazione』公式サイト
https://mutazionegame.com/
インタビュー「Road to the IGF: Die Gute Fabrik's Mutazione」
https://www.gamasutra.com/view/news/357553/Road_to_the_IGF_Die_Gute_Fabriks_Mutazione.php
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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