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『リトルナイトメア』現世代機だから可能になった光と影のパズル【インディーゲームレビュー 第23回】
プレイヤーはゲーム中、モニターの画面を見ながら様々な判断をくだしていく。では、その画面が暗くて良く見えないとしたら……。『リトルナイトメア(Little Nightmares)』は現世代機だから可能になった、リアルタイムな大域照明の効果を十二分に生かしたゲームだった。
こうした中、老舗ゲーム会社のバンダイナムコエンターテインメントから2017年にリリースされたタイトルが『リトルナイトメア』だ。黄色いレインコートを着た少女シックスを操作して、胃袋の名を持つ巨大船舶「モウ」から脱出をめざすホラーアドベンチャー。開発スタジオはスウェーデンのTarsier STUDIOSで、欧州主導のプロジェクトとなる。発売もダウンロード配信のみで、一昔前なら考えられないタイトルだろう。
また、多々あるパズルの中でももっとも重要で、本作ならではの特徴となっているのが、「光と影」を活用したパズルだ。スクリーンショットを見ればわかるように、本作の画面は全体を通してうす暗い。時には真っ暗で何も見えなくなるほどだ。これに対してシックスはライターを持っており、周囲を照らしながら探索を進めることができる。実際、ライターでしっかりと照らさなければ得られない手がかりも多く含まれている。
この「光と影」を支えているのが、ゲームエンジンとして採用されたUnrealEngine4の大域照明だ。ライターを照らしたままシックスを左右に移動させると、シックスの位置に応じて照明の届く範囲がリアルタイムに変化する。今となっては何でもない表現だが、この背後では多種多様な演算が行われている。現世代機のハードウェア性能だからこそ可能になった表現であり、それを巧みに取り込んだゲームデザインだと言える。
本作はこうしたリアルタイム3DCGの集大成という側面があり、さまざまな表現技法が「光と影が織りなすパズル」のために投入されている。他にも物陰に隠れて、船員の目を盗みながら先に進むといった、モダンなキャラクターAIを活用したパズルも存在する。これらも2010年代ならではの内容だ。付け加えるなら、こうした技術がAAAゲームではなく、インディーゲームで使われるようになった点が、今日ならではだと言えるだろう。
それにしても、こうした「光と影」のパズルは、どこから生まれてきたのだろうか。手がかりの一つがスウェーデンという国柄だ。日本より緯度が高く、冬が長いヨーロッパでは、太陽の明るさが日本と異なる。そのため、人々がリラックスできる室内の照度が異なる。実際、青い目は黒い目に比べて2割程度、光に対する感度が強いとされる。ひらたくいえばヨーロッパの室内は日本より暗いのだ。
また、ヨーロッパの室内では日本と比べて間接照明が多用される傾向にある。伝統的にろうそくやランプの明かりを模倣しようとするからだ。西欧ナイズされた日本の家屋でも、一部に和室を作り、畳の間を残すなど、生活様式はその国の文化が大きく影響する。大域照明を活用した光と影のゲームがスウェーデンで生まれてきたことも、偶然ではなかったと言えるだろう。
Little Nightmare & ©BANDAI NAMCO Entertainment Europe.
◆関連リンク
『リトルナイトメア』公式サイト
http://ln.bn-ent.net/
バンダイナムコエンターテインメント
https://bandainamcoent.co.jp/
Tarsier STUDIOS
http://tarsier.se/
Steam『リトルナイトメア』のページ
http://store.steampowered.com/app/424840/Little_Nightmares/?l=japanese
大手企業がインディーゲームをパブリッシュする時代
過去10年間でゲームの開発スタイルは大きく変化した。その象徴がインディーゲームだといえるだろう。当初は文字通り「独立系」スタジオによる開発が中心だったが、次第に大手企業からパブリッシュされる例が出てきた。分岐点になったのが『Minecraft』がマイクロソフトから発売され、Xbox360で大ヒットを記録したことだ。他にも『風ノ旅ビト』をはじめ、大手企業によるインディーゲームのパブリッシュ例は数多く存在する。こうした中、老舗ゲーム会社のバンダイナムコエンターテインメントから2017年にリリースされたタイトルが『リトルナイトメア』だ。黄色いレインコートを着た少女シックスを操作して、胃袋の名を持つ巨大船舶「モウ」から脱出をめざすホラーアドベンチャー。開発スタジオはスウェーデンのTarsier STUDIOSで、欧州主導のプロジェクトとなる。発売もダウンロード配信のみで、一昔前なら考えられないタイトルだろう。
捕まれば即死という状況で、少女シックスは逃走を続ける。ライターの灯りによって闇を照らしながら
UE4の大域照明によって実現した光と影
本作に大きな影響を与えたと思われるタイトルが『LIMBO』『INSIDE』に代表されるプラットフォーマー型のアクションパズルだ。本作においても同様で、プレイヤーは船内のさまざまな仕掛けを解いたり、乗客や船員の目をかいくぐったりしながら(見つかると問答無用でゲームオーバーだ)進んでいく。ステージは立体的にデザインされており、ところどころで前後の移動が可能な場所もあり、パズルに深みを与えている。また、多々あるパズルの中でももっとも重要で、本作ならではの特徴となっているのが、「光と影」を活用したパズルだ。スクリーンショットを見ればわかるように、本作の画面は全体を通してうす暗い。時には真っ暗で何も見えなくなるほどだ。これに対してシックスはライターを持っており、周囲を照らしながら探索を進めることができる。実際、ライターでしっかりと照らさなければ得られない手がかりも多く含まれている。
この「光と影」を支えているのが、ゲームエンジンとして採用されたUnrealEngine4の大域照明だ。ライターを照らしたままシックスを左右に移動させると、シックスの位置に応じて照明の届く範囲がリアルタイムに変化する。今となっては何でもない表現だが、この背後では多種多様な演算が行われている。現世代機のハードウェア性能だからこそ可能になった表現であり、それを巧みに取り込んだゲームデザインだと言える。
本作の隠れたテーマが「食」だ。登場人物はみな餓鬼のように食事をむさぼり喰らう。シックスもまた空腹からは逃れられない…
やり込み要素の一つであるノーム。なぜ短命な種族なのか、ゲーム中では衝撃的なイベントと共に、その理由が暗示される
日本と異なる太陽の明るさがユニークなゲームを生む
実際、1990年代は画面解像度の荒さをごまかすテクニックの一つとして、ゲーム内で「闇」のモチーフが使われていた。暗がりの中でも懐中電灯の光などで、くっきりとキャラクターを照らせるようになったのは2000年代前半からだ。これが2000年代後半になると、キャラクターの動きだけでなく、地面に落ちる影までリアルに表現可能になった。そして2010年代になると、被写界深度などの高度なポストエフェクトが可能になった。本作はこうしたリアルタイム3DCGの集大成という側面があり、さまざまな表現技法が「光と影が織りなすパズル」のために投入されている。他にも物陰に隠れて、船員の目を盗みながら先に進むといった、モダンなキャラクターAIを活用したパズルも存在する。これらも2010年代ならではの内容だ。付け加えるなら、こうした技術がAAAゲームではなく、インディーゲームで使われるようになった点が、今日ならではだと言えるだろう。
コントラストが高く、光と影によってくっきりと分けられた室内。レンブラントの絵画にも似た画面内で、さまざまなパズルが展開する
それにしても、こうした「光と影」のパズルは、どこから生まれてきたのだろうか。手がかりの一つがスウェーデンという国柄だ。日本より緯度が高く、冬が長いヨーロッパでは、太陽の明るさが日本と異なる。そのため、人々がリラックスできる室内の照度が異なる。実際、青い目は黒い目に比べて2割程度、光に対する感度が強いとされる。ひらたくいえばヨーロッパの室内は日本より暗いのだ。
また、ヨーロッパの室内では日本と比べて間接照明が多用される傾向にある。伝統的にろうそくやランプの明かりを模倣しようとするからだ。西欧ナイズされた日本の家屋でも、一部に和室を作り、畳の間を残すなど、生活様式はその国の文化が大きく影響する。大域照明を活用した光と影のゲームがスウェーデンで生まれてきたことも、偶然ではなかったと言えるだろう。
Little Nightmare & ©BANDAI NAMCO Entertainment Europe.
◆関連リンク
『リトルナイトメア』公式サイト
http://ln.bn-ent.net/
バンダイナムコエンターテインメント
https://bandainamcoent.co.jp/
Tarsier STUDIOS
http://tarsier.se/
Steam『リトルナイトメア』のページ
http://store.steampowered.com/app/424840/Little_Nightmares/?l=japanese
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