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『返校』台湾の白色テロを扱った異色作における演劇的な視覚演出【インディーゲームレビュー 第21回】

 
台湾はかつて日本が統治した時代があった(1895年〜1945年)。それに続く白色テロの時代、その歴史的暗部に向き合った意欲作が『返校』だ。本作にこめられた制作者の意図は、主人公が過去に向き合うストーリーテリングと演劇的なカメラ視点で、より印象的なものになった。

夜の学校を舞台に展開するアジアンホラー

台湾の白色テロを扱った意欲作

本作はポイント&クリック形式で進む2Dアドベンチャーゲームで、台湾の歴史的事象や伝統文化を背景に持つホラーゲームだ。もっとも、ホラーと言っても流血表現や残酷描写、ショッキングな演出などは抑え気味で、人間の持つエゴや怨念がテーマに据えられている。ゲームの舞台は中国国民党が強権政治を敷いていた1960年代の台湾で、当局による白色テロが背景となっている。デベロッパーは台湾インディーゲームのRed Candle Gamesで、台湾人による台湾人ならではのゲームだといえるだろう。

主人公は両親の不仲がきっかけで、ある男性教員と相思相愛の関係になった女生徒のレイだ。この男性教員が校内で開かれていた秘密の読書会と、間接的に関わっていたことから事態が急転する。若い女性教員に率いられたこの読書会では、当局から禁じられていた共産主義に関する書籍を輪読していた。教員間のやりとりを盗み聞きしたレイは、二人の関係を誤解し……というストーリー。人間のエゴが社会体制と結びつき、思いも寄らぬ悲劇につながっていく様が丁寧に描かれている。

中国の伝統的なクリーチャーが登場する

実際、台湾における白色テロは1947年の二・二八事件から1987年の戒厳令解除まで続き、国民党に反抗するか、もしくはその恐れがあると認められた数万人が投獄、処刑されたといわれる。戒厳令解除以後は白色テロをテーマとした作品が制作されるようになり、1991年公開の映画『非情城市』のように、世界的に高い評価を得た作品も登場した。もっとも、ゲームでこの題材を扱ったのは本作が初めてであり、それだけに注目を集めたといえるだろう。

ただし、内容についてこれ以上は踏み込まない。台湾はかつて日本が統治した時代があり、歴史的にも文化的にも近しい存在だ(本作でも第二次世界大戦下に日本人によって建築された旧校舎が舞台として登場する)。一方で白色テロの体験や記憶は台湾ならではのものだ。そのため本作の内容を批評するのは、映画『この世界の片隅に』を欧米人が語るようなもので、どこか的外れにならざるを得ない。そのため「自国の文化や歴史に正面から向き合った素晴らしいゲーム」と評するだけに留めておく。

本当の自分として生きることを願った少女が、引き起こしたものとは

2Dのカメラ視点が与える演劇的な効果

むしろ本作で注目したいのは、そのストーリーテリングだ。本作は当初、もう一人の主人公ともいうべき男子生徒のウェイの視点で進行する。ゲームは季節外れの台風接近で無人になった学校を舞台に進行し、大雨で橋が流された結果、校内で一夜を明かすことになる。もっともプロローグが終了した時点で、あるイベントを契機にウェイは退場し、レイが主人公になる。そしてプレイヤーはレイの体を通して、レイの内面世界とでもいうべき怨霊が徘徊する校内を、出口を求めて彷徨うことになる。

ポイントはこの時点でレイが過去の記憶を失っており(レイはウェイによって、体育館のステージ上で、椅子に座った姿で発見されるが、彼女は事情を覚えていない)、ゲームの進行に応じて過去のエピソードを断片的に体験し、記憶を呼び戻していく点だ。エピソードは順不同に提示され、プレイヤーは自分の頭の中でそれらを再統合し、レイの過去を推測していく。ゲームにはバッドエンドとトゥルーエンドがあり、トゥルーエンドまでたどり着くと、意外な結末に驚かされることになる。

以前『Old Man’s Journey』のレビューで論考したとおり、テレビゲームには「ハッピーエンドの呪い」がかけられている。ただし、それだけではプレイヤーに深みのある物語体験を提供することはできない。そこで多用されているのが、『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』のレビューでも論考した「過去のエピソードの追体験」だ。今回レビューする『返校』もまた、この手法を効果的に活用しているタイトルの一つであり、ゲームならではの手法だと言える。

1960年代を彷彿とさせるサイケデリックな演出

もう一つの特徴は、本作が2Dの横スクロール視点で展開することだ。このことでゲームにアングラ演劇的な意味合いが生まれており、プレイヤーとレイとの間に、越えられない一線をもたらしている。ストーリーは選択肢でエンディングが分岐するが、どれも唐突感が強く、意味がとりづらい。しかし、本作ではプレイヤー=レイとは言いがたいからこそ、その結果を冷静に受け止められる部分がある。ストーリーが重層的で意味がとりづらい点も、そうした体験に一役買っている。

アングラ演劇は1960年代後半から1970年代に日本でブームとなり、1960年代の学生運動や市民運動の思想とも相通じながら、その後の日本演劇に大きな影響を与えた。本作も同様で、2Dのカメラ視点が演劇的な意味合いをもたらしており、それが政治体制に翻弄されるキャラクターと、彼らがおりなすドラマと相まって、独自の体験をもたらしている(実際に本作では人形劇が世界観の暗喩として登場する)。本作は内容と共に、ゲームがそこまで成熟した証しとしても評価できるだろう。

学校に建てられた「大統領」の像に向けて、こう言い放つレイ

最後になったが本作が日本語でプレイできるようになったことについても感謝したい。本作は「E3 2017」のIndieCadeに出展されており、筆者もそこで取材したことをきっかけにプレイした。(参照:【E3レポート】「IndieCade」と「MIX」:2つのインディーイベントに見る2017年の注目作
しかし、当時は英語版しかなく、途中で止めてしまった。それが2017年10月に日本語版が出たことで日本でも知られるようになり、筆者も再プレイすることになった。その結果、本稿の執筆につながったというわけだ。日本語版のクオリティは非常に高く、特にゲーム中の詩の翻訳は秀逸。関係者ならずともプレイをおすすめしたい。

■関連リンク
Steamの『返校』のページ
http://store.steampowered.com/app/555220/Detention/
Playsmの『返校-DETENTION-』のページ
http://playism.jp/game/490/detention
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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