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『Rytmos』に見る音楽パズルゲームの未来とメディアのあり方【インディーゲームレビュー 第98回】

年間1万本近くの新作ゲームがリリースされるSteam。ヒットの目安になるのが発売2週間での売上だ。では、そのために開発者は何をすべきだろうか。そしてメディアの役割とは何なのだろうか。いち早く体験版を配信した音楽パズルゲーム『Rytmos』の事例をもとに考える。


出版業界における「選択と集中」

いつの頃からか新聞の書籍広告で「最速重版」「〇刷決定」といったキャッチコピーが目立つようになった。今や書籍の宣伝は出版時ではなく、重版時に移行しつつあるのだ。背景にあるのが出版不況と、それに伴う出版点数の増加だ。新刊すべてに宣伝広告費を投入すると、一冊あたりの宣伝効果が薄まってしまう。その結果、「売れているものを、さらに売る」戦略が広まりつつある。

さて、重版はどのタイミングで決まるのだろうか。本や出版社によって異なるが、出版直後の書店における実売データが参考になることが多い。この時点の消化率で大まかな返本率が予測できる。これに伴い、出版社は重版をかけるか否かを決定する。そして宣伝広告費を割り振るというわけだ。電子書籍の市場が拡大しているとはいえ、いまだに書店での初速データを重視する姿勢は変わっていない。

では、発売後すぐに新刊を買い求めるのは、どんな客層だろうか。明確なデータは存在しないが、作家・シリーズ・レーベル・ジャンルのファンだと推測される。いわゆる「濃い客層」だ。そして今や、こうしたファンに対して、作家自らがSNSで宣伝をかける行為が奨励されている。普段からTwitterなどで投稿し、ファンを増やし、新刊の宣伝を行う。こうした活動が作家の成功に大きく関係しているのだ。

「ローンチ後2週間で1万ドル」がヒットの目安

ゲームではどうだろうか。これについてSteamが2020年4月に「Steamにおける新規リリースの販売成績」と題したデータを公開している。ポイントは「ローンチ後2週間で1万ドル以上を売り上げたタイトル」という基準値だ。今や年間1万本近く新作タイトルが発売されるSteamで、最も注目を集めるのがローンチ時であることは言うまでもない。そのために開発者は、ゲームの開発と宣伝にしのぎを削ってきた。


もっとも、近年になって状況が変化しつつある。体験版と早期アクセスの存在だ。前者は無料、後者は有料と違いがあるが、共通しているのは「開発段階からゲームを公開し、作りながらファンを増やしていく」ことだ。SNSなどで情報を公開し、ファンをコツコツと増やしていく。これがある閾値を超えると、話題が話題を呼び、大きくブレイクする。そのタイミングで正式リリースを行い、宣伝をかけるというわけだ。

多くのゲームメディアも、今やこの傾向を後押ししている。次々に新作ゲームが登場する中、同じ記事を書くなら、その効果がもっとも期待できるタイミングで掲載することが望ましい。そのためにはリリース直後よりも、ネットで話題を集め始めたころに掲載するのがセオリーとなる。このように、今やゲームメディアはブームを作り出すのではなく、ブームを拡散させる側になっているのだ。


ガムランや環境音楽から影響を受けたパズルゲーム

今回レビューする『Rytmos』も、本来ならこのタイミングで紹介すべきではないタイトルだ。

『Rytmos』はブロック上でルートを作ってユニットを周回させつつ、メロディとリズムを作り出していく音楽パズル。パズルを解くほどに楽曲が重なり、最終的にインドネシアのガムラン音楽や、エチオピアのジャズ、そして日本の環境音楽によく似た音楽が作り上げられていく。音楽ゲームの根源的な体験に迫る内容だ。

本作を製作しているのはコペンハーゲンで活動するFloppy Clubだ。会社はゲームデザイナー、サウンドデザイナー、グラフィックデザイナーの3名で構成され、全員が音楽活動にかかわっている。音や音楽が重要な役割をはたすゲーム作りをモットーとしており、本作が3作目のリリースとなる。いずれもミニマルなグラフィックと即興的なサウンドの組み合わせが特徴で、作り手の思いがしっかりと伝わってくる内容だ。




『Rytmos』の製作においても、チームメンバーの音楽活動が影響していることは、言うまでもないだろう。バンドでは通常、ドラム・ベース・ギター・ボーカルと、複数のパートの演奏が折り重なって、1つの楽曲が完成する。本作においても立方体の各面がパズルとなり、1つのパズルを解くごとに楽曲が折り重なっていく。パズルの解き方によって、それぞれの音が鳴るタイミングが変わる点がユニークで、試行錯誤を重ねてみたいと思わせる内容になっている。

もっとも、現状でリリースされているのはデモ版のみで、難易度もやさしめだ。これが正式リリースでどのような形になるか、不安も残る。本連載で繰り返し論じているように、パズルゲームはその宿命上、クリアできないプレイヤーを生み出してしまうからだ。本作のゆるい世界観と癒やし系の音楽は、ガチガチの思考派パズルとはそぐわない。この点を開発チームがどのように反映させていくか期待したい。


ヒットの後追いをするだけがメディアの役割なのか

その上で改めて、こうした意欲的なタイトルをメディアがどのタイミングで取り上げるべきか、問題提起をしておきたい。

実際、筆者もこのゲームの存在を知ったのは、Twitterの書き込みからだった。その意味ではアンテナ感度の高いゲーマーの後追い記事であることに変わりはない。どのタイミングでゲームを取り上げるかは、メディアの編集方針によっても異なる。後からじっくり論じるメディアもあるだろう。

その一方で、SNSでヒットの種を見つけてきて、それをブレイクさせることだけに徹するのは、メディアのあり方として疑問も残る。いち早くヒットの種を見つけてきて、自分で紹介することを忘れてしまったメディアは、読者から見放されてしまうのではないだろうか。お節介な指摘かもしれないが、書き手としてそのように感じてしまうのだ。読者諸兄はどうだろうか。


metacritiqueスコア:なし
主な受賞歴:なし

Steam『Rytmos』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1634220/Rytmos/
開発・配信元 Floppy Club公式サイト
https://floppy.club/
データディープダイブ:Steamにおける新規リリースの販売成績
https://steamcommunity.com/groups/steamworks/announcements/detail/2117195691992645419

【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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