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『Small Life』アーティスト主導による新たなゲームデザインの可能性【インディーゲームレビュー 第116回】
ゲームは複数のメディアが融合する総合芸術だ。一方で近年では個人によるゲーム制作も増加している。東京藝術大学の修了作品として制作された本作は、アーティスト主導による新たなゲームデザインの可能性を提示している。
一昔前までゲームは集団制作と呼ばれていた。しかし、ゲームエンジンやミドルウエアの進化で、一人でもゲームが作れる時代になってきた。これにより、注目を集めているのがゲーム作家だ。
中でもアニメーション作家や映像文脈のクリエイターがインディーゲーム制作を始める例が増加している。この流れは日本でも同様で、アニメーション作家の和田淳が手がけた、キャラクターが腹筋するだけのゲーム『マイエクササイズ』はその最右翼だろう。
『マイエクササイズ』(New Deer, Atsushi Wada, Playables 2020)
もっとも、映像とゲームはこれまで、あまり相性が良くなかった。映像が初めから終わりまでリニアに再生されるのに対して、ゲームはプレイヤーの操作によって反応を返す、ノンリニアなメディアだからだ。そのため両者の融合は、長くオープニングやイベントシーンで豪華なCGムービーを流すだけのゲームを産みがちだった。
その一方で近年では、ハードやデバイスの進化により、映像をベースに据えたゲームで秀作が増加している。真の意味でゲームと映像が融合を果たしつつあるのだ。
東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコースの学生による修了制作『Small Life』もその一つだ。ディレクターの呉ゲツキ氏は、1990年生まれの中国人。北京と深センの映像制作会社などでアニメーターやゲームデザイナーとして勤務後、2019年に日本に留学。「IGF2022」に応募したところ(募集は2021年8月31日から10月12日まで)、学生部門でノミネートされる快挙を果たした。2021年3月に大学院を修了しており、社会人のリカレント教育としても興味深い事例だろう。
『Small Life』はゲームジャンル的にいえばポイント&クリック式アドベンチャーゲームだ。舞台はアジアのシリコンバレーとして知られる中国・深セン。ステージは市民の憩いの場として親しまれている龍華公園、深センの下町として知られる白石洲、電脳街の華強北の3種類。画面上に表示されているシルエットを手がかりに、特定の場所をクリックすると、ちょっとしたイベントが発生し、課題が達成される。すべてのイベントを再生すればステージクリアだ。
本作の特徴は手描きのグラフィックデザインとアニメーションだ。これがモノクロのトーンと相まって、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。もっとも、ここで描かれているのは古き良き深センのイメージだ。1980年に経済特区に指定されて以後、約40年で人口が42倍にも増加するなど、急速な発展を遂げた深センは、今や超高層ビルが建ち並ぶ大都会に変貌しており、本作のイメージとはずれている。むしろ本作では、中国版『三丁目の夕日』の世界観がゲームで再現されているのだ。
筆者も2001年に深センを訪れたことがあり、本作で描かれている世界観に親近感を覚えた。店の前で椅子に座ってのんびりと新聞を読んでいる店主、海賊版DVDを筆頭に、怪しげな商品が並び、秋葉原を彷彿とさせる電脳街、10元(約180円)で腹一杯になる定食屋……。本作を遊びながら、当時の思い出が、ゲームのゆるやかなアニメーションと共に脳裏によみがえってきた。まさに、あの時代に深センで暮らした者でなければ作れない内容だろう。
もっとも、本作の魅力はこうした世界観やグラフィックデザインによるところが大きく、ゲームメカニクスは浅い。画面をクリックしても反応が返ってくる場所は少なく、イベントは散発的で、互いに影響を与えることもない。アニメーションやBGM、効果音も必要最小限にとどまっている。ヒントもわかりにくく、クリアするためには、画面を総当たりする必要があるだろう。引き算の美学、といえば聞こえは良いが、物足りなさを感じるプレイヤーも少なくないと思われる。
ただし、これらの不満もプレイヤーがひとこと「許す!」といえば美点に変わる。世界観やイベントから、どのようなナラティブを感じるかは、まさにプレイヤー次第だからだ。一例を挙げると冒頭の龍華公園は、2018年に放映されたNHKドキュメンタリー『三和人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜』でも取り上げられた場所だ。そこで描かれた日雇い労働者の姿に、共感する若者が中国では少なくないという。本作もまた、中国人とそれ以外の国のプレイヤーでは、捉え方が違うだろう。
ポイントはこうした現代社会の素描がゲームで可能になってきたこと。それが「IGF」というオフィシャルなイベントですくい上げられていること。そして、そうした作品制作の場を藝大が人材教育の一環として提供し、発信していることだ(本作のPV冒頭には「GEIDAI GAMES」のロゴが表示される)。
藝大のゲームコースは映像研究科の一部であり、アーティスト主導によるゲーム開発者教育が行われている。それは映像ベースのゲーム制作への挑戦だとも言えるだろう。今後の可能性に期待したい。
Metacriticスコア:なし
主な受賞歴:IGF2022 Student Awardノミネート
itch.io『Small Life』配信ページ
https://yueqiwu.itch.io/small-life
東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコース展『Small Life』公式ページ
https://games.geidai.ac.jp/02/games/detail/smalllife.html
NHK『三和人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜』配信ページ
https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Y8GZQ538JZ/
中国の過酷な受験戦争を勝ち抜いた若者が「寝そべり族」になってしまう理由
https://diamond.jp/articles/-/277433
数字で見るハイテク都市・深圳(深セン)
https://www.j-motto.co.jp/00000000/column/2021/20210224.html
『マイエクササイズ』Steamページ
https://store.steampowered.com/app/1004330/_/
ゲームと映像、水と油の両者が融合する時代へ
一昔前までゲームは集団制作と呼ばれていた。しかし、ゲームエンジンやミドルウエアの進化で、一人でもゲームが作れる時代になってきた。これにより、注目を集めているのがゲーム作家だ。
中でもアニメーション作家や映像文脈のクリエイターがインディーゲーム制作を始める例が増加している。この流れは日本でも同様で、アニメーション作家の和田淳が手がけた、キャラクターが腹筋するだけのゲーム『マイエクササイズ』はその最右翼だろう。
『マイエクササイズ』(New Deer, Atsushi Wada, Playables 2020)
もっとも、映像とゲームはこれまで、あまり相性が良くなかった。映像が初めから終わりまでリニアに再生されるのに対して、ゲームはプレイヤーの操作によって反応を返す、ノンリニアなメディアだからだ。そのため両者の融合は、長くオープニングやイベントシーンで豪華なCGムービーを流すだけのゲームを産みがちだった。
その一方で近年では、ハードやデバイスの進化により、映像をベースに据えたゲームで秀作が増加している。真の意味でゲームと映像が融合を果たしつつあるのだ。
東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコースの学生による修了制作『Small Life』もその一つだ。ディレクターの呉ゲツキ氏は、1990年生まれの中国人。北京と深センの映像制作会社などでアニメーターやゲームデザイナーとして勤務後、2019年に日本に留学。「IGF2022」に応募したところ(募集は2021年8月31日から10月12日まで)、学生部門でノミネートされる快挙を果たした。2021年3月に大学院を修了しており、社会人のリカレント教育としても興味深い事例だろう。
中国版『三丁目の夕日』が題材のゲーム
『Small Life』はゲームジャンル的にいえばポイント&クリック式アドベンチャーゲームだ。舞台はアジアのシリコンバレーとして知られる中国・深セン。ステージは市民の憩いの場として親しまれている龍華公園、深センの下町として知られる白石洲、電脳街の華強北の3種類。画面上に表示されているシルエットを手がかりに、特定の場所をクリックすると、ちょっとしたイベントが発生し、課題が達成される。すべてのイベントを再生すればステージクリアだ。
本作の特徴は手描きのグラフィックデザインとアニメーションだ。これがモノクロのトーンと相まって、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。もっとも、ここで描かれているのは古き良き深センのイメージだ。1980年に経済特区に指定されて以後、約40年で人口が42倍にも増加するなど、急速な発展を遂げた深センは、今や超高層ビルが建ち並ぶ大都会に変貌しており、本作のイメージとはずれている。むしろ本作では、中国版『三丁目の夕日』の世界観がゲームで再現されているのだ。
筆者も2001年に深センを訪れたことがあり、本作で描かれている世界観に親近感を覚えた。店の前で椅子に座ってのんびりと新聞を読んでいる店主、海賊版DVDを筆頭に、怪しげな商品が並び、秋葉原を彷彿とさせる電脳街、10元(約180円)で腹一杯になる定食屋……。本作を遊びながら、当時の思い出が、ゲームのゆるやかなアニメーションと共に脳裏によみがえってきた。まさに、あの時代に深センで暮らした者でなければ作れない内容だろう。
表層的な物足りなさもプレイヤーによって評価が変わる
もっとも、本作の魅力はこうした世界観やグラフィックデザインによるところが大きく、ゲームメカニクスは浅い。画面をクリックしても反応が返ってくる場所は少なく、イベントは散発的で、互いに影響を与えることもない。アニメーションやBGM、効果音も必要最小限にとどまっている。ヒントもわかりにくく、クリアするためには、画面を総当たりする必要があるだろう。引き算の美学、といえば聞こえは良いが、物足りなさを感じるプレイヤーも少なくないと思われる。
ただし、これらの不満もプレイヤーがひとこと「許す!」といえば美点に変わる。世界観やイベントから、どのようなナラティブを感じるかは、まさにプレイヤー次第だからだ。一例を挙げると冒頭の龍華公園は、2018年に放映されたNHKドキュメンタリー『三和人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜』でも取り上げられた場所だ。そこで描かれた日雇い労働者の姿に、共感する若者が中国では少なくないという。本作もまた、中国人とそれ以外の国のプレイヤーでは、捉え方が違うだろう。
ポイントはこうした現代社会の素描がゲームで可能になってきたこと。それが「IGF」というオフィシャルなイベントですくい上げられていること。そして、そうした作品制作の場を藝大が人材教育の一環として提供し、発信していることだ(本作のPV冒頭には「GEIDAI GAMES」のロゴが表示される)。
藝大のゲームコースは映像研究科の一部であり、アーティスト主導によるゲーム開発者教育が行われている。それは映像ベースのゲーム制作への挑戦だとも言えるだろう。今後の可能性に期待したい。
Metacriticスコア:なし
主な受賞歴:IGF2022 Student Awardノミネート
itch.io『Small Life』配信ページ
https://yueqiwu.itch.io/small-life
東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコース展『Small Life』公式ページ
https://games.geidai.ac.jp/02/games/detail/smalllife.html
NHK『三和人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜』配信ページ
https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Y8GZQ538JZ/
中国の過酷な受験戦争を勝ち抜いた若者が「寝そべり族」になってしまう理由
https://diamond.jp/articles/-/277433
数字で見るハイテク都市・深圳(深セン)
https://www.j-motto.co.jp/00000000/column/2021/20210224.html
『マイエクササイズ』Steamページ
https://store.steampowered.com/app/1004330/_/
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