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『GRIS』美しくもはかない精神世界を旅するゲームと、多くのフォロワーが抱える課題【インディーゲームレビュー 第51回】
『風ノ旅ビト』のヒットを受けて発売された大量のフォロワーたち。テキストを最小限に抑え、ビジュアルを前面に押し出した演出が特徴だ。しかし、ゲームにこめられたテーマやメッセージは、プレイヤーに対して的確に伝わっているだろうか?
声を失った女性が精神世界を旅するプラットフォーマーパズル『GRIS』もその一つで、「水彩画のようなビジュアルで描かれた、美しくも儚い世界観」「テキストを廃しつつ、それでいて心を揺さぶる物語体験」「ゲームオーバーが存在しない、易しいゲームシステム」など、『風ノ旅ビト』とのさまざまな相似形がみられる。
ただ本作に限らず『風ノ旅ビト』のフォロワーは、ゲームならではのノンバーバルな物語体験を実現する上で、まだまだ発展途上のように感じられる。特に世界市場で展開しようとすると、その問題が無視できなくなる。ビジュアルやサウンドといったゲームを構成する要件、すなわち記号の解釈で文化依存の問題が絡むからだ。
一例を挙げると、アニメ『機動戦士ガンダム』などの監督で知られる富野由悠季氏は著書『映像の原則』で下記のように述べている(ちなみに富野監督のアニメ『伝説巨神イデオン』では、主人公側が降伏を求めて白旗を掲げると、敵側が徹底抗戦の意味と捉えてしまい、かえって戦闘が激化してしまう……というくだりがある)。
「性的なイメージを喚起する色がピンクというのは日本人だけのようで、欧米人にとってはブルーであり、中東や中国の人々にとっては黄色色なのです。(中略)変化を表現する映像では、色彩を利用することで、物語の意味性を描き、変化と補強の表現に利用すべきなのですが、地域性と文化的な色彩感覚の違いを考慮する必要はあるでしょう」
このように照明一つとっても、こうした認識のズレが起こりうる。ゲームはプレイヤーによって体験が異なるインタラクティブなメディアであるため、記号の組み合わせは無数にある。ゲーム開発者は文化ごとのハレーションに対して、常に注意する必要があるだろう。
第一に本作の物語構造をハリウッドの映画脚本で良く用いられる三幕構成に照らすと、ドラマ性が乏しいように感じられる。三幕構成は1979年にシド・フィールドによって理論化されたもので、そこには「主人公はAのためにBを行うが、目的は果たせず、かわりにCを得る」というフォーマットがみられる。
映画『ロッキー』でいえば、「ロッキーは世界チャンピオンになるためにアポロと戦うが、勝利できず、かわりにプライドを得る」といった具合だ。ポイントは主人公の目的が途中で変化する点で、これがドラマ性に貢献しているのだ。
これに対して『GRIS』では「声を失った女性が冒険を通して世界に色彩を取り戻し、最終的に声を取り戻す」ことに終始している(ようにみえる)。つまり「主人公はAのためにBを行い、Aを得る」に留まっているため、ドラマ性が感じられないのだ。
もっとも、前述したとおり、これが感じられないのは筆者が日本人であり、文化的なコンテキストが西欧人(本作を開発したNomada Studioはスペインのデベロッパーだ)と異なるからかもしれない。実際、本作には嘆き悲しむ巨大な女性の石像をはじめ、さまざまな記号がみられる。これらの組み合わせがプレイヤーに対して、女性の精神的な成長を表現する要素として機能しているかもしれない。
だとしたら、ノンバーバルな物語体験という制約を破ってでも、文章を使用した方が良かっただろう。
そもそも文章は文字という、特定の情報を内包した記号の組み合わせによる表現技法だ。それゆえに言語依存が発生するが、そこから離れようとすると伝えたいメッセージが曖昧になるリスクもある。本作はその狭間で、揺れ動いているように感じられる(本作のタイトル『GRIS』はスペイン語で「灰色」の意味で、テーマにも深く関わっているが、多くの日本人には伝わらないと思われる)。
そのため本連載では繰り返し指摘しているが、あるパズルが解けずにゲームが進められず、代替手段がない場合は、パズルの答えをクリエイター側がゲーム中、または公式サイトなどで開示するべきだというのが、筆者の主張だ(『Rusty Lake: Roots』レビュー参照)。
その上で本作はレベルデザインとの組み合わせという、本来すべきでないやり方でパズルの難易度を上げてしまっている。本作のステージ構造は基本的に一本道で、パズルの答えは周辺のギミックに散りばめられている。
しかし、最終シーンだけは別で、かなり広い場所を行き来しなければいけない。このように過去の方法論が前触れなく変更されているため、筆者はかなり戸惑った。エンディングに向けて状況が盛り上がりを見せているのと、矛盾しているように感じられたのだ。
もっとも、これはあくまで筆者の感想であって、ノーヒントでサクサクとクリアできたプレイヤーも少なくないと思われる。そして、このようにプレイヤーのバックグラウンドによって、受ける体験が異なる点がゲームの特徴でもある。この矛盾をどのように解決するかが、多くのフォロワーたちに課せられた課題ではないだろうか。
■関連リンク
Steamの『GRIS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/683320/GRIS/
Nomada Studio公式サイト(デベロッパー)
https://nomada.studio/
Devolver Digital公式サイト (パブリッシャー)
https://www.devolverdigital.com/
白旗を掲げたら戦闘が激化した理由
2012年に発売された『風ノ旅ビト』はゲーム業界に衝撃を与えた。その結果、これまでゲーム業界が取りこぼしてきた異能が、一気に飛び出してきた。インタラクティブな映像作家たちはその一つで、おりからのゲームエンジンの進化に伴い、ゲームとアートの境界線を漂うような、さまざまな作品が市場に溢れるようになった。声を失った女性が精神世界を旅するプラットフォーマーパズル『GRIS』もその一つで、「水彩画のようなビジュアルで描かれた、美しくも儚い世界観」「テキストを廃しつつ、それでいて心を揺さぶる物語体験」「ゲームオーバーが存在しない、易しいゲームシステム」など、『風ノ旅ビト』とのさまざまな相似形がみられる。
ただ本作に限らず『風ノ旅ビト』のフォロワーは、ゲームならではのノンバーバルな物語体験を実現する上で、まだまだ発展途上のように感じられる。特に世界市場で展開しようとすると、その問題が無視できなくなる。ビジュアルやサウンドといったゲームを構成する要件、すなわち記号の解釈で文化依存の問題が絡むからだ。
一例を挙げると、アニメ『機動戦士ガンダム』などの監督で知られる富野由悠季氏は著書『映像の原則』で下記のように述べている(ちなみに富野監督のアニメ『伝説巨神イデオン』では、主人公側が降伏を求めて白旗を掲げると、敵側が徹底抗戦の意味と捉えてしまい、かえって戦闘が激化してしまう……というくだりがある)。
「性的なイメージを喚起する色がピンクというのは日本人だけのようで、欧米人にとってはブルーであり、中東や中国の人々にとっては黄色色なのです。(中略)変化を表現する映像では、色彩を利用することで、物語の意味性を描き、変化と補強の表現に利用すべきなのですが、地域性と文化的な色彩感覚の違いを考慮する必要はあるでしょう」
このように照明一つとっても、こうした認識のズレが起こりうる。ゲームはプレイヤーによって体験が異なるインタラクティブなメディアであるため、記号の組み合わせは無数にある。ゲーム開発者は文化ごとのハレーションに対して、常に注意する必要があるだろう。
今ひとつ伝わりきらない物語性
長々とこうした前振りを続けたのも、本作『GRIS』で今ひとつ煮え切らないものを感じたからだ。その原因は2つある。第一に本作の物語構造をハリウッドの映画脚本で良く用いられる三幕構成に照らすと、ドラマ性が乏しいように感じられる。三幕構成は1979年にシド・フィールドによって理論化されたもので、そこには「主人公はAのためにBを行うが、目的は果たせず、かわりにCを得る」というフォーマットがみられる。
映画『ロッキー』でいえば、「ロッキーは世界チャンピオンになるためにアポロと戦うが、勝利できず、かわりにプライドを得る」といった具合だ。ポイントは主人公の目的が途中で変化する点で、これがドラマ性に貢献しているのだ。
これに対して『GRIS』では「声を失った女性が冒険を通して世界に色彩を取り戻し、最終的に声を取り戻す」ことに終始している(ようにみえる)。つまり「主人公はAのためにBを行い、Aを得る」に留まっているため、ドラマ性が感じられないのだ。
もっとも、前述したとおり、これが感じられないのは筆者が日本人であり、文化的なコンテキストが西欧人(本作を開発したNomada Studioはスペインのデベロッパーだ)と異なるからかもしれない。実際、本作には嘆き悲しむ巨大な女性の石像をはじめ、さまざまな記号がみられる。これらの組み合わせがプレイヤーに対して、女性の精神的な成長を表現する要素として機能しているかもしれない。
だとしたら、ノンバーバルな物語体験という制約を破ってでも、文章を使用した方が良かっただろう。
そもそも文章は文字という、特定の情報を内包した記号の組み合わせによる表現技法だ。それゆえに言語依存が発生するが、そこから離れようとすると伝えたいメッセージが曖昧になるリスクもある。本作はその狭間で、揺れ動いているように感じられる(本作のタイトル『GRIS』はスペイン語で「灰色」の意味で、テーマにも深く関わっているが、多くの日本人には伝わらないと思われる)。
クライマックスで難易度が上がることの是非
もう一点の問題は本作が内包するパズル性だ。前述の通り『風ノ旅ビト』のフォロワーたちは、ゲームのボリュームを担保する方法としてパズルを組み込んでいるが、どの程度の難度が適切かは、人によって異なる。そのため本連載では繰り返し指摘しているが、あるパズルが解けずにゲームが進められず、代替手段がない場合は、パズルの答えをクリエイター側がゲーム中、または公式サイトなどで開示するべきだというのが、筆者の主張だ(『Rusty Lake: Roots』レビュー参照)。
その上で本作はレベルデザインとの組み合わせという、本来すべきでないやり方でパズルの難易度を上げてしまっている。本作のステージ構造は基本的に一本道で、パズルの答えは周辺のギミックに散りばめられている。
しかし、最終シーンだけは別で、かなり広い場所を行き来しなければいけない。このように過去の方法論が前触れなく変更されているため、筆者はかなり戸惑った。エンディングに向けて状況が盛り上がりを見せているのと、矛盾しているように感じられたのだ。
もっとも、これはあくまで筆者の感想であって、ノーヒントでサクサクとクリアできたプレイヤーも少なくないと思われる。そして、このようにプレイヤーのバックグラウンドによって、受ける体験が異なる点がゲームの特徴でもある。この矛盾をどのように解決するかが、多くのフォロワーたちに課せられた課題ではないだろうか。
■関連リンク
Steamの『GRIS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/683320/GRIS/
Nomada Studio公式サイト(デベロッパー)
https://nomada.studio/
Devolver Digital公式サイト (パブリッシャー)
https://www.devolverdigital.com/
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