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『Sea of Solitude』クリエイターが立てたコンセプトは達成されたか?【インディーゲームレビュー 第95回】

「孤独を癒すためのゲーム」と聞くと、多くの人がオンラインゲームを連想するだろう。それに反して本作『Sea of Solitude』はスタンドアロンゲームを選択している。「孤独を癒すためには自分の孤独に向き合うことが必要だ」とする本作の意図はどの程度プレイヤーに伝わったのだろうか?


コンセプトに注目してレビューする

ゲームのレビュー(=批評)は人それぞれだ。どのようなスタイルで書いても良い。文章だけでなく、イラストを描いてもいいし、代案となるゲームを作ってもいい。遊んでおもしろい/つまらないを論じるレビューもあれば、文化論や産業論といった視点からゲームをレビューする場合もある。同じゲームでも時代によって評価が変化する場合もある。子どもから大人へと、レビュアー自身が変化することで、評価が変わる場合もあるだろう。

そうしたさまざまなレビューの中で、古くから続くスタイルがある。それが「企画時のコンセプトと照らし合わせ、完成したゲームがコンセプトをどの程度、忠実に反映しているか」を検証し、論ずるというものだ。そこで重要なのが、ゲームの企画意図をできるだけ正確に知ること。ゲームメディアのインタビュー記事は重要な手がかりの一つとなる。もっとも、インタビュー記事は広報向けに美辞麗句が並べられることも多いため、注意が必要だ。

こうした視点で捉えたとき、本作『Sea of Solitude』は非常に興味深いテキストの一つだといえるだろう。なぜなら、ゲームのディレクターをつとめたコーネリア・ゲッペルトがTED Talkで本作のコンセプトを説明しているからだ。彼女曰く、本作のコンセプトは「自分が体験した孤独についての物語を、ゲームを通して他人に聞いてもらうこと」だった。そして、その姿勢に共感したプレイヤーから、数多くのポジティブなメッセージを受け取ったという。

TED Talk コーネリア・ゲッペルト『孤独を理解するためのゲーム』
https://www.ted.com/talks/cornelia_geppert_a_video_game_that_helps_us_understand_loneliness/transcript?language=ja

記号的意味を積み重ねたゲーム世界

通常、孤独を癒すためのゲームといえば、多くの人がオンラインゲームを連想するだろう。しかしゲッペルトによれば、それは表層的な行為にすぎず、時としてますます孤独を感じさせる原因になるという。それよりも自分の心の闇を真摯に見つめること。そして、その闇を言語化して共有すること。そうした行為が孤独を癒す行為につながると指摘する。それを彼女は自分たちなりの手法……ビデオゲームという形で表現したというわけだ。

本作の主人公ケイは、ゲッペルトいわく「恋人との関係性を通して、深い孤独を感じた数年前の自分自身」だ。ゲームは水没した都市で始まるが、この世界はケイの心象風景であり、大量の水は彼女の涙を表している。ケイが身につける唯一の持ち物はバックパックで、人が生涯で背負う荷物を意味している。ゲームを通してケイはさまざまな事柄を体験し、最終的に救われるが、これはゲッペルト自身の苦しい闘いの道のりを表しているのだという。


『GRIS』

このように本作に登場する要素の一つひとつには、さまざまな記号的意味が存在する。アート系の映画ではおなじみの手法で、近年ではゲームでも同様のスタイルが見られるようになった。第51回でレビューした『GRIS』は好例で、巨大な女神像が乱立し、砂塵が吹き荒れる世界を1人で旅するシーンから、母親と娘の関係を連想することは容易だろう。こうしたゲーム群の中でも本作のユニークさは際立っている。以下、TED Talkで語られた内容にもとづき紹介しよう。

ゲームの序盤で登場する巨大な鳥のモンスターは、学校で虐められているケイの弟だ。誰からも話を聞いてもらえず、家族がいるにもかかわらず、深い孤独を感じている。互いに罵り合っている2体の巨大なモンスターはケイの両親で、家族のために犠牲になることへの不満が喧嘩の原因だ。銀色のオオカミはケイのボーイフレンドだが、うつ病を患っており、仮面の下には黒犬の素顔が隠れている。このように本作では現代社会が抱える闇を、さまざまな形で表現しようとしている。

ゲーム内では、彼女自身のさまざまな感情も表現されている。ことあるごとにケイを無価値だと罵るクリーチャーは「自己懐疑」、水中を徘徊してケイを襲う巨大魚は「自己破壊」を意味している。黄色いレインコートを着て、ケイのまわりを跳び回る少女……少女時代のケイは「喜び」といった具合だ。ゲームを通してプレイヤーは、これらのキャラクターと関係を持つことで、単に感情を抑え込むのではなく、バランスをとることの重要さを学んでいくことになる。


光を当てて闇を消し去るだけでいいのか

それでは、こうしたメッセージはプレイヤーに届いたのだろうか。もちろん、多くのプレイヤーにとってはそうだろう。しかし、本連載でくり返し論じてきたように、ゲームはプレイヤーの個人的な体験の上に成立している。極論すれば、本作にアクション性やパズル性があるというだけで、途中で脱落してしまうプレイヤーを産みだしてしまうことは避けられない。筆者も何度も途中で投げ出しそうになり、攻略サイトや実況動画のお世話になった。

とはいえ、だからこそゲームをクリアしたとき、プレイヤーは達成感や、誇らしさといった、自己肯定感を得ることができる。これはゲームという表現形式が本質的に抱え込むジレンマだ。これを解消するうえで現状、最も確実な方法は、プレイヤーに求めるスキルをできるだけ減らすことだ。ポチポチゲームと揶揄されたガラケー時代のソーシャルゲームや、選択肢を選ぶだけのノベルゲームは、そうした答えの一つでもある。本作もまた、そうした可能性があり得たのではないかと考えられる。


また、本作では一貫して黒をネガティブな意味合いで捉えている。これはモンスターに対して光を照らし、闇を追い払って浄化するサイクルが、ゲームの根幹を成すことからもわかる。しかし、人間の心はそれほど単純なものだろうか。感情のバランスをとることが重要であるように、人間の心に内在する光と闇のバランスをうまくとることもまた、人生において重要なのではないか……。そうしたメッセージがメカニクスで表現しきれていない点が気になった。

もっとも、こうした評価も筆者個人のゲーム体験によるものだ。つまり、筆者にとって本作は「作り手のコンセプトが高いレベルまで表現されているものの、完全とは言えなかった」タイトルだといえる。ただし、こうした評価を下せるのも、作り手自身がコンセプトを動画で表明しているからだ。それが起点となって、さまざまなレビューを生み、波紋を広げていく。それがゲーム文化を豊かにしていく。このレビューをもとに、皆さん自身の本作のレビューが公開されることを期待したい。

metacriticスコア:64
主な受賞歴:Games For Change Awards 2020 Most Significant Impact Winner、SXSW 2020 Matthew Crump Cultural Innovation Award Nominee

Steam『Sea of Solitude』販売ページ(EA Origin経由)
https://store.steampowered.com/app/1225590/Sea_of_Solitude/
コーネリア・ゲッペルトが設立した開発スタジオ Jo-Mei Games公式サイト
https://www.ea.com/ja-jp/games/sea-of-solitude/about/studio
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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