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『Loretta』絵画が与えたインスピレーションとゲームへの翻案【インディーゲームレビュー 第131回】

目次
  1. コンセプト着目型レビューと、その限界
  2. アメリカ現代絵画がロシアのゲーム開発者に提示したもの
  3. 「ゲームの登場人物と共犯関係になる」意味
ゲームのアイデアが生まれる瞬間はさまざまだ。アルフレッド・ヒッチコックのスリラーを思わせる『Loretta(ロレッタ)』もまた、一枚の絵画が原点だった。そこにはメディアの違いを超えた、人間の内面を描こうとするクリエイターの意図がこめられている。


コンセプト着目型レビューと、その限界


筆者は以前、『Sea of Solitude』のレビューで、ゲームのコンセプトに注目してレビューする手法について述べた。ただし、この手法には批判もある。ゲームの多くはコンセプトが明らかにされることはないし、仮に明らかにされたとしても、それが真実とは限らないからだ。特に大作ゲームでは多くの利害関係者が存在するため、クリエイターの意図通りに開発が進まないことも多い。もはや「作者は存在しない」という指摘もあるほどだ。

また、ゲームはプレイヤーのコンテキストによって評価が変わる。あるゲームを「歯ごたえがあって、おもしろい」という人もいれば、「難しすぎて、つまらない」という人もいる。そのためコンセプトへの注目は不要で、ゲームのレビューは「遊んでおもしろいか否か」に注目すべきだ。さらにいえば、万人に普遍的なゲームレビューは存在しないのだ(だからこそレビューは記名でなければいけない)……、とする主張には一理あるだろう。

もっとも、だからこそインディーゲームの中には、コンセプトに注目してレビューできるものもある。開発規模が小さく、クリエイターの意図が第三者の意図によってスポイルされにくいからだ。とはいえ、意図がゲームに的確に反映されているか否かは別問題で、そこがレビューの中心になる。

1940年代のアメリカの片田舎を舞台としたアドベンチャーゲーム『Loretta』は、その一つに挙げられるだろう。ロシアの個人ゲーム開発者、Yakov ButuzovとDaria Vodyanyaが開発したゲームで、グラフィックをDaria、それ以外をYakovが担当している。つまり、Yakovの個人的な思想が強く反映されているゲームになっているのだ。

以下、ロシアでのインタビュー記事をもとに本作の企画意図と表現内容を検証してみたい。



アメリカ現代絵画がロシアのゲーム開発者に提示したもの


本作の主人公は38歳の専業主婦、ロレッタだ。ニューヨークの高級アパートで流行作家の夫と暮らしていた彼女は、夫のギャンブルとスランプが原因で、麦畑が広がる田舎町に押し込められてしまう。止まらないギャンブル、そして浮気に愛想をつかしていた彼女は、ひょんなことから夫に多額の生命保険がかけられていることを知る。ある夜、夫を殺害し井戸に埋めたロレッタは、保険金を得て人生をやり直そうとするが……というストーリー。

ここからわかるように、本作は1940年代のノワール映画や、ヒッチコックのスリラーに影響を受けている。グラフィック設定で通常のカラーモード以外に、モノクロのノワールモードが選べるのも、そうした理由からだ。他にインスピレーションを受けた作品として、映画『柔らかい殻』『I giorni della vendemmia(日本未公開)』、書籍『1922』『ロリータ』、さらには20世紀のアメリカ絵画、プレシジョ二ズムなどが挙げられている。

中でも直接的なヒントを与えたのが、アメリカ現代絵画の巨匠、アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth)によって1948年に描かれた『クリスティーナの世界(Christina's World)』だ。ゲームの舞台が1947年であるのも偶然ではないだろう(ワイエスによって『クリスティーナの世界』が描かれていた頃だ)。余談だが、ゲーム中にも本絵画とおぼしきアイテムが登場する。

絵のモデルはワイエス夫妻の別荘近くに住んでいた女性、アンナ・クリスティーナ・オルソンだ。彼女はCMT(シャルコー・マリー・トゥース病)に罹患しており、下半身が麻痺していた。草原にはいつくばり、腕だけで前に進む彼女を窓から見て、ワイエスは創作意欲がかき立てられたという。ワイエスは書簡で「大部分の人が絶望に陥るような境遇にあって、驚異的な克服を見せる彼女の姿を正しく伝えることが私の挑戦だった」と述べている。

ここからロレッタとの関係性を導き出すのは容易だろう。クリスティーナと同じく、ロレッタも自身の境遇にあらがい、人生の可能性を見いだそうとする(それが愚かな行為であっても)女性として描かれている。「自分で自動車が運転できる女性」として描かれているのも、そのためだ(1947年当時は一般的ではなかった)。そんな彼女が自分をとりまく環境や人間関係と、どのように折り合いをつけていくかが、本作のポイントとなっている。


▲アンドリュー・ワイエス『クリスティーナの世界』(Entering "Christina's World" | Andrew Wyeth | UNIQLO ARTSPEAKS)

「ゲームの登場人物と共犯関係になる」意味


もっとも、その折り合いをつけるのは一筋縄ではいかない。ロレッタがプレイヤーの意図を越えて暴発しがちだからだ。

本作でロレッタは、野心とプライドが高いが、学歴が低く、息をするように嘘をつき、過去の不幸な出来事からトラウマを抱える、かつて美人だった(そして盛りを過ぎつつある)人物だと描かれている。長年のストレスで鬱屈していたロレッタは、夫の殺害を契機にタガが外れたようになり、油断をすると周囲の人物を次々に手に掛けていく大量殺人鬼に成り下がる。ストーリーは一本道だが、マルチエンディングになっていて、どのような結末を迎えるかはプレイヤー次第だ。

とはいえ、完全に「プレイヤー次第」というわけではない。本作では明示的に他人を「殺害する」選択肢だけでなく、凶器になるようなアイテムを手にすると、自動的に他人を殺害しようとするイベントが発生するからだ。こうした予期せぬ行動にプレイヤーは驚かされることになる。

そもそも、プレイヤーの操作を越えて主人公が行動するのは、ゲームの「入力と出力」という基本的な構造を逸脱している。だからこそプレイヤーに「危ない女」という印象を与えるのだ。

この複雑な内面を持つ主人公を効果的に見せているのが、サイドビューの演劇スタイルだ。あえてプレイヤーに客観的な視点から見せることで、巧みにロレッタと同一視させることを避けている(同じ演出は『返校』にも見られる)。ストアの説明書きに「プレイヤーはロレッタと共犯関係になる」とあるのも、こうした演出ゆえだろう(本来なら「プレイヤーはロレッタになる」と書かれるべきだ)。ゲームの構造を意識的に拡張しようとしている様が伺える。

他に「グラフィックがローレゾのピクセルアートで描かれ、想像の余地を残している点」「ストーリーがロレッタの回想で進み、時間軸が錯綜したり、何度もループしたりと、細部のつじつまが合わない点」「ゲーム中に心理テストを模したようなパズルやミニゲームが挿入されている点」などが、ロレッタの精神世界を表現するのに一役買っている。パズルの難易度が低いのも、多くのプレイヤーにエンディングまで到達させたいという意図からだろう。



これまで述べてきたように、Yakovはゲームというメディアを通して、重層的な人間関係や環境の中にヒロインを配置することで、人間の持つ複雑な内面性を掘り下げてみせた。それは絵画というメディアにおいて、麦畑の中に障害を持つヒロインを配置することで、その力強さを表現しようとした、ワイエスとの相似形が見られる。ともに「モニター上のキャラクターを操作する」「キャンバスに描かれた人物を観察する」という、鑑賞者の行為を必要とする点がポイントだ。

Yakovはインタビューで「私は長い間、善悪の区別があいまいなヒーロー、それもアンチヒーローについて描くことに夢中になっていました。悪事を働いたのにも関わらず、許しではなく同情と理解を誘うような複雑なキャラクターを生み出すことは、『Loretta』を開発する上での主な挑戦の一つでした」(筆者訳)と述べている。その挑戦はこれまで述べてきた、さまざまな仕掛けによって、適切に表現されたと言えるのではないだろうか。

主な受賞歴:なし
Metacriticスコア:なし


Steam『Loretta』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/1592540/Loretta/
Loretta — кровь, пшеница(ロシア語インタビュー)
https://dtf.ru/indie/669700-loretta-krov-pshenica
Интервью с Яковом Бутузовым (Дом Русалок, Loretta)(ロシア語インタビュー)
https://coremission.net/indie-razrabotchiki/yakov-butuzov-interview/
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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