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『IMMORTALITY』映像のジグソーパズル体験がもたらす映画とゲームの新しい可能性【インディーゲームレビュー 第129回】
『Her Story』『Telling Lies』とユニークな実写アドベンチャーゲームを製作してきたサム・バーロー(Sam Barlow)の最新作が『IMMORTALITY』(イモータリティ)だ。
ゲーム内で3作の未公開映画で主演女優をつとめたマリッサ・マルセルの謎を解き明かしていく本作は、産業の枠を越えた新しい可能性を提示している。
■『Her Story』のレビューはこちら
『Her Story』今や絶滅危惧種となった「コンストラクションゲーム」の正統進化【インディーゲームレビュー 第2回】
本連載で何度も論じてきたように、ゲームデザインには現実世界の抽象化と記号化を通した、仮想世界の創造という側面がある。そのようにして作られた仮想世界のリアリティを高めるために、大きな要因となってきたのがCG(コンピューターグラフィックス)だ。
2Dから3Dへ、プリレンダーCGからリアルタイムCGへと、ハードの性能向上とともに仮想世界は進化を続けてきた。「Unreal Engine 5」で作られた技術デモ『The Matrix Awakens』のように、今やゲームの仮想世界は都市を丸ごとひとつ再現するまでになっている。
とはいえ、ゲーム開発者のサム・バーローのキャリアはこうしたトレンドとは真逆だ。リアルタイム3Dによるアドベンチャーゲーム『サイレントヒル ゼロ』(日本語名は『サイレントヒル オリジンズ』)、『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』で人気を博したにもかかわらず、実写アドベンチャーゲームの製作に舵を切ったからだ。
2015年にリリースされた『Her Story』は、大量の映像クリップをジグソーパズルのように組み合わせる内容と相まって高い評価を得た。それはまた、AAAゲームからインディーゲームへの路線変更としても注目を集めた。
この気鋭のクリエイターが続編『Telling Lies』を経て、新たにリリースしたゲームが『IMMORTALITY』だ。
ゲームの内容は前2作と同じく、大量の映像クリップを組み合わせて、その背後にある隠された謎を解明すること。プレイヤーは1960年代から90年代にかけて、3本の未公開映画に主演した女優、マリッサ・マルセルの未公開映像を調べながら、彼女が失踪した理由について想いを巡らせていく。スタジオの編集室に籠もり、黙々と作業を続ける編集マンを疑似体験できること請け合いの内容だ。
本作の特徴は、映像のノンリニア編集ツールを彷彿とさせるメイン画面だ。
映像クリップを再生中に画面の一部分を指定すると、似た映像クリップにジャンプできる。カーソルを役者の顔にあわせて決定ボタンを押すと、同じ役者が登場する別のシーンが再生されるというわけだ。
これを繰り返しながら、新しい映像クリップを次々に再生していく。一度再生した映像クリップは一覧表示できるほか、条件にあわせてソートすることもできる。一時停止、スロー再生、コマ送り、逆再生なども可能だ。
前述したように、本作でプレイヤーは3本の映画の断片映像をバラバラに視聴していくことになる。18世紀のスペインの修道院が舞台の愛憎劇『アンブロシオ』(1968年)、ニューヨークのアートシーンが舞台のスリラー『ミンスキー』(1970年)、人気ポップスターと代役に焦点を当てた『Two of Everything』(1999年)だ。膨大な断片映像を半ばランダムに再生していく中で、プレイヤーは映像の海をさまようような奇妙な体験におそわれることになる。
もっとも、これらの断片映像にはゲームならではの仕掛けが秘められている。ここに気づくか否かで本作の評価は大きく変わる。オススメは振動装置付きのゲームコントローラーでプレイすることだ(筆者はマウスでプレイしていたため、この仕掛けに気づけたのは半ば偶然だった)。
また、全映像を見終わってもすべての意味が解明されるわけではない。これらの手がかりからどのような意味を見いだすかは各々の解釈にかかっている。ナラティブゲームの最右翼だと言えるだろう。
本作はさまざまな切り口で語ることができるタイトルだ。AAAゲームからインディーゲームに転身したクリエイターのキャリア論としても、リアルタイムCGではなく実写映像を多用した表現論としても、UI/UXの進化論としても(『Her Story』『Telling Lies』のメイン画面はWindows 3.0世代のビデオプレイヤーがベースとなっていた)読み解けるだろう。テーマ的にも表現的にも、大人向けのエンターテインメントになっている(セクシャル/暴力的なシーンが多い)点も注目だ。
そのうえで本稿では、本作の製作を支えた映像スタッフの存在に注目したい。
CGの製作と同じく、映像製作にも膨大な人手と予算と体制が必要だ(本作はコロナ禍のロサンゼルスで11カ月にもわたる撮影を行っており、関係者の苦労が偲ばれる内容になった)。
主演女優のマノン・ゲージ(Manon Gage)と、作曲家のナイニータ・デサイー(Nainita Desai)の力量にも注目だ。特にゲージの演技は、演劇学校を出たての新人女優とは思えないほど際立っている。動画配信サービス大手のNetflixが本作のスマートフォン版配信を行うなど、本作の成功で映画業界とゲーム業界が改めて接近していく可能性もある。
ただし、「映像のジグソーパズル」というコンセプトだけなら、今やスマートフォンがあれば個人ベースでも製作可能な時代になりつつある。そのためにはUI/UXを洗練させる、モンタージュ理論とクレショフ効果を突き詰める(※)、AIによる自動生成と組み合わせる(テキストによるストーリー生成ならChatGPTなどが実用期に入っている)などで差別化を図っていくことが求められるだろう。次回作がどのようなモノになるか今から楽しみだ。
主な受賞歴:Official E3 Awards(Future Games Show Most Anticipated Game)、PC GAMER(Best of E3 2021)、TRIBECA 2022(Official Selection)、GOLDEN JOYSTICKS 2022(Best Performer)
Metacriticスコア:87
Steam『IMMORTALITY』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1350200/IMMORTALITY/
開発・販売元 Half Mermaid 公式サイト
https://halfmermaid.co/
マノン・ゲージ公式サイト
https://manongage.com/
ゲーム内で3作の未公開映画で主演女優をつとめたマリッサ・マルセルの謎を解き明かしていく本作は、産業の枠を越えた新しい可能性を提示している。
■『Her Story』のレビューはこちら
『Her Story』今や絶滅危惧種となった「コンストラクションゲーム」の正統進化【インディーゲームレビュー 第2回】
幻の女優マリッサ・マルセルの作品群はなぜお蔵入りになったのか
本連載で何度も論じてきたように、ゲームデザインには現実世界の抽象化と記号化を通した、仮想世界の創造という側面がある。そのようにして作られた仮想世界のリアリティを高めるために、大きな要因となってきたのがCG(コンピューターグラフィックス)だ。
2Dから3Dへ、プリレンダーCGからリアルタイムCGへと、ハードの性能向上とともに仮想世界は進化を続けてきた。「Unreal Engine 5」で作られた技術デモ『The Matrix Awakens』のように、今やゲームの仮想世界は都市を丸ごとひとつ再現するまでになっている。
とはいえ、ゲーム開発者のサム・バーローのキャリアはこうしたトレンドとは真逆だ。リアルタイム3Dによるアドベンチャーゲーム『サイレントヒル ゼロ』(日本語名は『サイレントヒル オリジンズ』)、『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』で人気を博したにもかかわらず、実写アドベンチャーゲームの製作に舵を切ったからだ。
2015年にリリースされた『Her Story』は、大量の映像クリップをジグソーパズルのように組み合わせる内容と相まって高い評価を得た。それはまた、AAAゲームからインディーゲームへの路線変更としても注目を集めた。
この気鋭のクリエイターが続編『Telling Lies』を経て、新たにリリースしたゲームが『IMMORTALITY』だ。
ゲームの内容は前2作と同じく、大量の映像クリップを組み合わせて、その背後にある隠された謎を解明すること。プレイヤーは1960年代から90年代にかけて、3本の未公開映画に主演した女優、マリッサ・マルセルの未公開映像を調べながら、彼女が失踪した理由について想いを巡らせていく。スタジオの編集室に籠もり、黙々と作業を続ける編集マンを疑似体験できること請け合いの内容だ。
「映像のジグソーパズル体験」をさらに進化させたUI/UX
本作の特徴は、映像のノンリニア編集ツールを彷彿とさせるメイン画面だ。
映像クリップを再生中に画面の一部分を指定すると、似た映像クリップにジャンプできる。カーソルを役者の顔にあわせて決定ボタンを押すと、同じ役者が登場する別のシーンが再生されるというわけだ。
これを繰り返しながら、新しい映像クリップを次々に再生していく。一度再生した映像クリップは一覧表示できるほか、条件にあわせてソートすることもできる。一時停止、スロー再生、コマ送り、逆再生なども可能だ。
前述したように、本作でプレイヤーは3本の映画の断片映像をバラバラに視聴していくことになる。18世紀のスペインの修道院が舞台の愛憎劇『アンブロシオ』(1968年)、ニューヨークのアートシーンが舞台のスリラー『ミンスキー』(1970年)、人気ポップスターと代役に焦点を当てた『Two of Everything』(1999年)だ。膨大な断片映像を半ばランダムに再生していく中で、プレイヤーは映像の海をさまようような奇妙な体験におそわれることになる。
もっとも、これらの断片映像にはゲームならではの仕掛けが秘められている。ここに気づくか否かで本作の評価は大きく変わる。オススメは振動装置付きのゲームコントローラーでプレイすることだ(筆者はマウスでプレイしていたため、この仕掛けに気づけたのは半ば偶然だった)。
また、全映像を見終わってもすべての意味が解明されるわけではない。これらの手がかりからどのような意味を見いだすかは各々の解釈にかかっている。ナラティブゲームの最右翼だと言えるだろう。
コロナ禍のロサンゼルスで11カ月にわたり撮影
本作はさまざまな切り口で語ることができるタイトルだ。AAAゲームからインディーゲームに転身したクリエイターのキャリア論としても、リアルタイムCGではなく実写映像を多用した表現論としても、UI/UXの進化論としても(『Her Story』『Telling Lies』のメイン画面はWindows 3.0世代のビデオプレイヤーがベースとなっていた)読み解けるだろう。テーマ的にも表現的にも、大人向けのエンターテインメントになっている(セクシャル/暴力的なシーンが多い)点も注目だ。
そのうえで本稿では、本作の製作を支えた映像スタッフの存在に注目したい。
CGの製作と同じく、映像製作にも膨大な人手と予算と体制が必要だ(本作はコロナ禍のロサンゼルスで11カ月にもわたる撮影を行っており、関係者の苦労が偲ばれる内容になった)。
主演女優のマノン・ゲージ(Manon Gage)と、作曲家のナイニータ・デサイー(Nainita Desai)の力量にも注目だ。特にゲージの演技は、演劇学校を出たての新人女優とは思えないほど際立っている。動画配信サービス大手のNetflixが本作のスマートフォン版配信を行うなど、本作の成功で映画業界とゲーム業界が改めて接近していく可能性もある。
ただし、「映像のジグソーパズル」というコンセプトだけなら、今やスマートフォンがあれば個人ベースでも製作可能な時代になりつつある。そのためにはUI/UXを洗練させる、モンタージュ理論とクレショフ効果を突き詰める(※)、AIによる自動生成と組み合わせる(テキストによるストーリー生成ならChatGPTなどが実用期に入っている)などで差別化を図っていくことが求められるだろう。次回作がどのようなモノになるか今から楽しみだ。
※モンタージュ理論は、本来関係のない複数の映像を編集でつなぐことで、視聴者に新しい意味を認識させる理論のこと。このとき、モンタージュ理論で発生する心理効果のことを「クレショフ効果」と呼ぶ。
主な受賞歴:Official E3 Awards(Future Games Show Most Anticipated Game)、PC GAMER(Best of E3 2021)、TRIBECA 2022(Official Selection)、GOLDEN JOYSTICKS 2022(Best Performer)
Metacriticスコア:87
Steam『IMMORTALITY』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1350200/IMMORTALITY/
開発・販売元 Half Mermaid 公式サイト
https://halfmermaid.co/
マノン・ゲージ公式サイト
https://manongage.com/
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