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『Firewatch』が描くアメリカ版『ぼくのなつやすみ』が意味するもの【インディーゲームレビュー 第38回】

ゲームには必ず顧客が存在する。人生に疲れた白人男性が主人公のウォーキングアドベンチャー『Firewatch』も同様だ。アメリカ版『ぼくのなつやすみ』ともいえる本作は、顧客を絞り込むことで高い評価を集めた、ユニークなタイトルとなった。


そのゲームは誰に向けたものなのか

顧客を想定してゲームを作る。商業ゲーム開発の基本であり、海外では多くのインディゲームがこの範疇に足を踏み入れつつある。同じ「動く的にアイテムを当ててスコアを競う」ゲームでも、顧客が「野球が好きな小学生」と「サッカーが好きな中学生」では、テーマが異なるのは自明だろう。同じサッカーがテーマでも、選手の育成が好きな30代のビジネスマン向けなら、ゲームジャンルから変えるべきなのも明らかだ。

人生に疲れた中年の男女が登場するウォーキングアドベンチャー『Firewatch』も、顧客を絞り込み、そこに開発リソースを注ぎ込むことで高い評価を得たインディーゲームだ。プレイヤーは認知症の妻をめぐる日常のあれこれから逃げ出すように森林火災監視員となった中年白人男性のヘンリー。同じく人生をこじらせた女性上司のデリラから提示されるミッションをこなしつつ、米ワイオミング州の人里離れた森林地帯でひと夏を過ごしていく。

本作は一人称視点で描かれ、わずかなNPCをのぞけば、画面に表示されるのはロッキー山脈をのぞむ大自然のみだ。ヘンリーとデリラをつなぐのも一対のトランシーバーのみ。ゲームは森林地帯を歩き回りながら、デリラとの会話をテキストとボイスで表現しつつ進んでいく。2人のやりとりは時におかしく、時に切ない。そんな中、周囲で奇怪な事件が発生し、次第に抜き差しならない状況に陥っていく……というストーリー。

似て非なる2つの「癒やし」ゲーム



本作のユニークさは2000年代に発売されたアドベンチャーゲーム『ぼくのなつやすみ』(以下、『ぼくなつ』)シリーズと比較することで、より明らかになる。『ぼくなつ』でプレイヤーは小学生の「ぼくくん」となり、田舎で夏休みを満喫する。本作が発売されたのは、ファミコンキッズが20代になった時期と重なる。ユーザーにゲーム中で小学生に戻ってもらい、昆虫採集やスイカ割りなどの遊びを通して、癒やしを提供することがコンセプトだった。

『Firewatch』も同様で、本作の縦糸は事件の解明、横糸はデリラとの淡いラブロマンスとなる。人生の酸いも甘いも噛み分けた2人が夜、遠方で発生する山火事を眺めながらトランシーバーで会話するシーンは、本作でも白眉のシーン。ちなみにこの時点でヘンリーは妻と離婚していない。2人の関係は友人以上、恋人未満で、いわば精神的な不倫体験だ。本作はプレイヤーに対して、より現実的な癒やしを提供しようとしているのだ。

こうした理由から、『Firewatch』のヘンリーはマッチョながら、妻の介護問題と別居のストレスを抱えた人物として描かれている。『ぼくなつ』の主人公が無色透明のアバターであるのと対照的だ。これを象徴するのがプロローグで、ヘンリーと妻ジェシカのなれそめや、別居に至るプロセスが簡単なビジュアルノベル形式で描かれる。プレイヤーの心をぐっと引き寄せ、ヘンリーに感情移入させていく、優れた演出だ。

プロローグで描かれるビジュアルノベル。どちらを選んでも子どもを授かることはない

裏を返せば、本作はプレイヤーにある程度の人生経験を要求するゲームでもある。プロローグで妻の職業は大学教授で、ヘンリーよりも高学歴・高収入であることが、さりげなく示される。ヘンリーの隠れたコンプレックスの1つで、デリラとの関係も暗示させる。子宝を授からなかった点もポイントの1つで、物語の重要なテーマだ。現実におけるパートナーや子どもの有無で、プレイヤーがゲームから受ける印象も異なったものになるだろう。

ゲームのプロットもシンプルで、映画『スタンド・バイ・ミー』の「4人組の少年が死体を見つけに行く話」といい勝負といったところ。オチも「肩すかし」と感じる人がいるのではないだろうか。実際、本作は世界を滅亡から救う勇者になりたいプレイヤーを顧客から除外している。逆にそこまで市場を絞っても企画が成立する点に、欧米圏におけるインディゲーム市場の懐の深さに、改めて驚かされる。

ゲームプレイを通して感じられるストレス

マップを表示させたまま走ることはできない。現実的だが、このために道を迷いやすい

ゲーム中、野生動物はほとんど登場しない。プロローグで鹿を見かけたり、イベント的に亀を捕まえられたりする程度だ。背景にはインディーズならではの、開発リソースの問題がある

主人公が寝起きする監視塔。デリラとは無線機を使って交信する。彼女は双眼鏡でプレイヤーを見ることができるが、こちらからデリラを視認することはできない。一方通行の関係だ

ただし本作が顧客に対して、ゲーム中で日常生活におけるストレスを十分に解消できたかというと、疑問も残る。最大の問題はUIだ。リアル志向のグラフィックスのため、ただでさえ本作は道に迷いやすい。地図とコンパスがあるものの、いちいち立ち止まって確認するのは面倒だ。決まったポイントでなければ段差を進めない点もイライラさせられる。ストレス解消のために遊んでいるのに、逆にストレスを感じてしまうのはナンセンスだ。

それでも本作はゲームの可能性を大きく広げたとして、世界中の批評家から称賛を集めるタイトルとなった。評価サイトのメタスコアでPC版が81点を記録した点が何よりの証拠だ(一方でユーザースコアは賛否両論が多く、10点満点で6.9点に留まった点にも、本作の特徴がよく表れている)。個人的には35歳以上の男性に、ゆっくりと時間をかけて遊んでほしい。デリラとの会話をいつくしみながら。

©2018 CAMPO SANTO, IN COOPERATION WITH PANIC.
FIREWATCH IS A TRADEMARK OF CAMPO SANTO.

■関連サイト
Steam『Firewatch』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/383870/Firewatch/
『Firewatch』公式サイト
http://www.firewatchgame.com/jp/
開発元「Campo Santo」公式サイト
https://www.camposanto.com/
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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