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『Hades』にみるゲームプレイとストーリーの関係性【インディーゲームレビュー 第97回】
ゲームとストーリーは水と油の関係だ。これをどのように馴染ませるか、多くのゲームデザイナーが知恵を絞ってきた。こうした中、ギリシャ神話をモチーフとしたローグライクゲーム『Hades』(ハデス)は、2万行という大量のダイアログ(テキスト)で、この偉業を達成している。
たとえば『スーパーマリオブラザーズ』とは、どのようなゲームだろうか。多くのゲーマーが「マリオを操作してクッパを倒し、ピーチ姫を救出するゲーム」と答えるだろう。しかし、これは厳密に言えば正しくない。実際には「マリオを操作してステージ右端のゴールに到達させる」ゲームだからだ。
なぜ多くのゲーマーは「メカニクス」ではなく「ストーリー」でゲームを説明するのか。それはヒトの脳が物事をストーリーで理解しようとするからだ。この「物語る」行為こそ、人と動物を分ける要因だと言える。
言葉を用いてコミュニケーションするだけなら、動物でもできる。しかし、第三者の視点で過去の出来事を説明したり、複数のできごとを結びつけて物語を作り上げたりすることは、ヒトにしかできない。ヒトは現象をストーリーで認識することで、進化の歴史を駆け上がってきたのだ。(※1)
その上で『スーパーマリオブラザーズ』の例について考えてみよう。すると「マリオを操作してステージ右端のゴールに到達させる」ことは手段で、「マリオを操作してクッパを倒し、ピーチ姫を救出する」ことは目的に相当すると言えるだろう。
このように「〇〇のために✕✕を行う」という関係性を、マーケティング用語では「目的と目標」とよぶ。元は軍事用語で「目的はパリ占領、目標はフランス軍」などと用いる。以上を図示すると、次のようになる。
この時、ストーリーはゲームプレイの「ご褒美」として機能する。裏を返せば、ストーリーという目的なしに、ゲームプレイを続けさせるのは難度が高い。
本作『Hades』を古くからプレイしていたゲーマーなら、このことは自明ではないだろうか。ゲームメカニクスは一級品でも、日本語に対応していなかったからだ。
これが2021年4月、満を持して日本語ローカライズされた。あらためて遊び直して、おもしろさがぐっと向上したように感じた人も多かったのではないだろうか。
ゲーム内容については、すでに「冥界脱出ローグライト『Hades』 美しいギリシャ神話世界でスタイリッシュアクション! 【オススメPCゲームレビュー】」で紹介されているので、ここでは最小限に留める。
ギリシャ神話をモチーフとしたローグライクアクションゲームで、プレイヤーは冥界の王ハデスの息子、ザグレウスとなり、エネミーを倒して迷宮の脱出に挑んでいく。その過程でハデスとオリンポスの神々の確執をはじめ、さまざまな謎が解き明かされていくという内容だ。
最大の特徴は侵入のたびに形を変えるダンジョンだ。ゲームを進めながら、ザグレウスはオリンポスの神々から送られる特殊能力を組み合わせ、さまざまに成長していく。このダンジョンと成長の組み合わせによって、唯一無二の展開が楽しめるというわけだ。
とはいえ、ゲームオーバーになると、これらの能力も元に戻る。ただし、次回の挑戦に引き継いでいける要素もあり、何度も繰り返して遊ぶうちに、徐々に攻略が進めやすくなるという仕掛けになっている。
もっとも、いくらローグライクといっても、本作のストーリーは大きくは変わらない。冥界は大きく4つのパートに分かれており、誰もが順番に攻略を進めていくことになる。一方で個々のゲーム体験は、前述の通り人によって異なる。そのため本作のストーリーテリングも、ハデスや他の神々との会話を中心に、さまざまな情報を小出しにしていくことで、プレイヤーに全体像を推測させる仕組みになっているのだ。NPCに贈り物をして、友好度を上げていく仕組みも、プレイヤーごとに得られる情報をばらつかせることに貢献している。
もちろん、その過程でザグレウスは何度も死と再生を繰り返すことになる。擬似的な死と再生を繰り返しながら、世界の全体像を作り上げていく。環境ストーリーテリングという手法で、『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』にも見られるものだ。
では、なぜ死んだキャラクターがすぐに復活できるのか。答えはザグレウスが神だからだ。一方で原作のギリシャ神話がそうであるように、本作でもオリンポスの神々は極めて人間くさい。いわば『Hades』のバックストーリーは壮大なソープドラマだといえる。この「神々によるソープドラマ」と「ローグライク」の組み合わせが、本作の新たな発明だと言えるだろう。
このダイアログの量こそが、日本語版が遅れた理由の一つだと言える。ローカライズ費用はダイアログの量に比例するからだ。翻訳は『Undertale』などを手がけたハチノヨンで、品質は折り紙付きだ。安心して楽しめる仕上がりになっている。
その上で本作にはインディーゲームらしからぬ仕様が加えられている。死を迎えるたびに、さらに強くなる「ゴッドモード」の存在だ。これによりアクションが苦手なプレイヤーでも、ストーリーを楽しめるようになっている。
ゲームという表現形式を取る以上、途中で脱落するプレイヤーが出ることは避けられない。こうしたプレイヤーの救済策は、いまやAAAゲームでは必須になりつつある。本作はこうした点でもインディーゲームらしからぬ内容であり、ゲームとストーリーの融合をさらに推し進めたタイトルになったと言えるだろう。
※1:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)
※2:The Washington Post「Here’s how ‘Hades’ makes going back to hell feel fresh」より
https://www.washingtonpost.com/video-games/2020/10/13/hades-game-origins/
metacritiqueスコア:93
主な受賞歴:Game of the Year IGN、Game of the Year Polygon、Game of the Year TIME、Game of the Year The Washington Post、Game of the Year EUROGAMER、Game of the Year Rock Paper Shotgun、Game of the Year ARS TECHNICA、Game of the Year Destructoid、Game of the Year DualShockers
Steam『Hades』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1145360/Hades/
『Hades』公式サイト
https://www.supergiantgames.com/games/hades/
『Hades』Wikipedia(英語)
https://en.wikipedia.org/wiki/Hades_(video_game)
目的はパリ占領、目標はフランス軍
『Night in the Woods』のレビューで筆者はゲームの三要素に「目的」「障害」「手段」を挙げた。その上で今回は、この三要素について深掘りしてみよう。たとえば『スーパーマリオブラザーズ』とは、どのようなゲームだろうか。多くのゲーマーが「マリオを操作してクッパを倒し、ピーチ姫を救出するゲーム」と答えるだろう。しかし、これは厳密に言えば正しくない。実際には「マリオを操作してステージ右端のゴールに到達させる」ゲームだからだ。
なぜ多くのゲーマーは「メカニクス」ではなく「ストーリー」でゲームを説明するのか。それはヒトの脳が物事をストーリーで理解しようとするからだ。この「物語る」行為こそ、人と動物を分ける要因だと言える。
言葉を用いてコミュニケーションするだけなら、動物でもできる。しかし、第三者の視点で過去の出来事を説明したり、複数のできごとを結びつけて物語を作り上げたりすることは、ヒトにしかできない。ヒトは現象をストーリーで認識することで、進化の歴史を駆け上がってきたのだ。(※1)
その上で『スーパーマリオブラザーズ』の例について考えてみよう。すると「マリオを操作してステージ右端のゴールに到達させる」ことは手段で、「マリオを操作してクッパを倒し、ピーチ姫を救出する」ことは目的に相当すると言えるだろう。
このように「〇〇のために✕✕を行う」という関係性を、マーケティング用語では「目的と目標」とよぶ。元は軍事用語で「目的はパリ占領、目標はフランス軍」などと用いる。以上を図示すると、次のようになる。
この時、ストーリーはゲームプレイの「ご褒美」として機能する。裏を返せば、ストーリーという目的なしに、ゲームプレイを続けさせるのは難度が高い。
本作『Hades』を古くからプレイしていたゲーマーなら、このことは自明ではないだろうか。ゲームメカニクスは一級品でも、日本語に対応していなかったからだ。
これが2021年4月、満を持して日本語ローカライズされた。あらためて遊び直して、おもしろさがぐっと向上したように感じた人も多かったのではないだろうか。
神々のソープオペラとローグライクの融合
ゲーム内容については、すでに「冥界脱出ローグライト『Hades』 美しいギリシャ神話世界でスタイリッシュアクション! 【オススメPCゲームレビュー】」で紹介されているので、ここでは最小限に留める。
ギリシャ神話をモチーフとしたローグライクアクションゲームで、プレイヤーは冥界の王ハデスの息子、ザグレウスとなり、エネミーを倒して迷宮の脱出に挑んでいく。その過程でハデスとオリンポスの神々の確執をはじめ、さまざまな謎が解き明かされていくという内容だ。
最大の特徴は侵入のたびに形を変えるダンジョンだ。ゲームを進めながら、ザグレウスはオリンポスの神々から送られる特殊能力を組み合わせ、さまざまに成長していく。このダンジョンと成長の組み合わせによって、唯一無二の展開が楽しめるというわけだ。
とはいえ、ゲームオーバーになると、これらの能力も元に戻る。ただし、次回の挑戦に引き継いでいける要素もあり、何度も繰り返して遊ぶうちに、徐々に攻略が進めやすくなるという仕掛けになっている。
もっとも、いくらローグライクといっても、本作のストーリーは大きくは変わらない。冥界は大きく4つのパートに分かれており、誰もが順番に攻略を進めていくことになる。一方で個々のゲーム体験は、前述の通り人によって異なる。そのため本作のストーリーテリングも、ハデスや他の神々との会話を中心に、さまざまな情報を小出しにしていくことで、プレイヤーに全体像を推測させる仕組みになっているのだ。NPCに贈り物をして、友好度を上げていく仕組みも、プレイヤーごとに得られる情報をばらつかせることに貢献している。
もちろん、その過程でザグレウスは何度も死と再生を繰り返すことになる。擬似的な死と再生を繰り返しながら、世界の全体像を作り上げていく。環境ストーリーテリングという手法で、『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』にも見られるものだ。
では、なぜ死んだキャラクターがすぐに復活できるのか。答えはザグレウスが神だからだ。一方で原作のギリシャ神話がそうであるように、本作でもオリンポスの神々は極めて人間くさい。いわば『Hades』のバックストーリーは壮大なソープドラマだといえる。この「神々によるソープドラマ」と「ローグライク」の組み合わせが、本作の新たな発明だと言えるだろう。
AAAクラスのダイアログを楽しませるための仕掛け
もっとも、そのためには大量のダイアログが必要だ。実際に本作のダイアログは2万行におよび、これはオープンワールドRPGの名作『The Elder Scrolls V: Skyrim』の3分の1にあたる(※2)。開発チームが20名弱という点からわかるとおり、本作は名実ともにインディーゲームだが、ダイアログの量だけでいえば、AAAレベルというわけだ。このダイアログの量こそが、日本語版が遅れた理由の一つだと言える。ローカライズ費用はダイアログの量に比例するからだ。翻訳は『Undertale』などを手がけたハチノヨンで、品質は折り紙付きだ。安心して楽しめる仕上がりになっている。
その上で本作にはインディーゲームらしからぬ仕様が加えられている。死を迎えるたびに、さらに強くなる「ゴッドモード」の存在だ。これによりアクションが苦手なプレイヤーでも、ストーリーを楽しめるようになっている。
ゲームという表現形式を取る以上、途中で脱落するプレイヤーが出ることは避けられない。こうしたプレイヤーの救済策は、いまやAAAゲームでは必須になりつつある。本作はこうした点でもインディーゲームらしからぬ内容であり、ゲームとストーリーの融合をさらに推し進めたタイトルになったと言えるだろう。
※1:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)
※2:The Washington Post「Here’s how ‘Hades’ makes going back to hell feel fresh」より
https://www.washingtonpost.com/video-games/2020/10/13/hades-game-origins/
metacritiqueスコア:93
主な受賞歴:Game of the Year IGN、Game of the Year Polygon、Game of the Year TIME、Game of the Year The Washington Post、Game of the Year EUROGAMER、Game of the Year Rock Paper Shotgun、Game of the Year ARS TECHNICA、Game of the Year Destructoid、Game of the Year DualShockers
Steam『Hades』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1145360/Hades/
『Hades』公式サイト
https://www.supergiantgames.com/games/hades/
『Hades』Wikipedia(英語)
https://en.wikipedia.org/wiki/Hades_(video_game)
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