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『SIGNALIS』2Dからローファイ3Dへ~サバイバルホラーのリスペクトと再生【インディーゲームレビュー 第128回】
ローファイ3Dのアートスタイルを採用するインディーゲームが増加している。サバイバルホラー黄金期のタイトル群に影響を受けた『SIGNALIS』(シグナーリス)もその一つで、アートスタイルとゲーム内容がよくマッチした秀作となった。
ゲーム研究家のイェスパー・ユール氏は著書『Handmade Pixels』で、インディーゲームに2Dゲームが多いことを指摘し、「最新テクノロジーで時代遅れの映像表現を行っている」と分析した。そのうえでインディーゲームの特徴に「(経済的・文化的な)独立性」「真正性(ポピュラー音楽に対する初期のロック音楽)」「アンチモダニズム(大量生産品ではなく、前近代的な手工芸品としてのゲーム)」の3点を挙げた。
この指摘が正しいか否かはさておき、『Braid』(2008)を筆頭に2Dスタイルのインディーゲームが2000年代後半から急増したのは事実だ。そこから十余年が経過し、今ではローファイ3Dと呼ばれるアートスタイルが流行の兆しを見せている。初代プレイステーション世代にあたる1990年代後半の3D CG表現だ。もっとも、そこには2Dゲームと同じく、少人数開発でも作りやすいという事情があるのも事実だろう。
今回レビューする『SIGNALIS』も、そうしたアートスタイルが特徴的なタイトルだ。ドット絵の背景に3D CGのキャラクターアニメーションなどを重ね合わせるスタイルで、640×360ピクセルをベースに、モニターに合わせて解像度がアップスケールされている。ブラウン管時代の色やにじみを再現するモードもあるなど、並々ならぬこだわりようだ。そして、この「意図された粗さ」が、サバイバルホラーという題材と相まって、遊び手の想像力を喚起させることに成功している。
ゲームを開発したのは独ハンブルクのrose-engineで、2名のクリエイターが中心となり、2014年から2022年まで8年がかりで開発した。ドイツと中国という、それぞれのルーツとなる文化に加えて、日本のアニメやハリウッド映画などから多数の引用が見られる。ベースとなるゲームシステムも、初期『バイオハザード』シリーズや、『サイレントヒル』『メタルギア』などの融合版といえるものだ。これらが渾然一体となって、2022年ならではのサバイバルホラーが創り上げられたのだ。
本作の主人公は女性の外観を持つアンドロイド(=レプリカ)のエルスターだ。破損した宇宙船で冷凍睡眠から目覚めた彼女は、パートナーの乗組員を探して地下採掘施設を探索していく。ところが、施設は次第にクリーチャーと化したレプリカが徘徊する地獄絵図に変わっていく。エルスターは夢とも現実とも区別の付かない世界を探索しながら、地下深く進んでいく……というのが主な筋立てとなる。
とはいえ、実際のストーリーはここまでわかりやすくない。本作でプレイヤーは探索を通じて大量の情報を収集し、過去に起きた出来事を推測していくことになる。『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』などで論じた「環境ストーリーテリング」という手法だ。ただし、エンディングを迎えても全体像は曖昧なままだ。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』などと同じく、あえて解釈の余地が残されたのだ。
メタ的な構造が取り入れられている点もポイントだ。本作は大きく3部構成を取っているが、第2部の途中が終了した時点でエンディングを迎える。そのまま続けても、ゲームが再スタートするだけだ。ところが、ゲームを進めるうちに宇宙船の様子が若干違っており……。そう、ここからゲームの後半がスタートするのだ。筆者も危うく、この仕掛けに気づかないまま終了しそうになった。
もっとも、ここに至るまでにゲームを中断するプレイヤーも少なくないようだ。本稿執筆時(2022年12月24日)のSteamにおけるグローバル実績情報を見ると、「2章・宇宙船」のクリアを示す実績「GESTALTZERFAL(戻る)」の獲得者は31.5%に留まっている。16回死亡した後に再スタートしたプレイヤーが得られる実績「LÖCHER(テセウスの船)」にいたっては、獲得者がわずか4.2%だ。皆、それまでにゲームプレイをやめてしまっているのだ。
この名誉ある(?)実績を解除した筆者としては、パズルの難解さとインベントリ制限の厳しさを指摘したい。本作では大小さまざまなパズルのクリアや、ゲームの進行で必要となるアイテム入手のため、ステージ内を延々と巡回する必要がある。その過程で数多くのクリーチャーと遭遇し、そのたびに緊張が強いられる。パズルの難度も高めで、攻略サイトなしにはクリアできなかったことを白状しておこう(攻略サイトを見てまで続きを遊びたい、と思わせるだけの力があった……とも言い換えられるが)。
本作の魅力は、そのゲームシステムもさることながら、考察しがいのある世界観やストーリーだろう。ロバート・W・チェンバース氏の著書『黄衣の王』をベースとしたプロットに加えて、クラシックの名曲が効果的に用いられたサウンド、『死の島』をはじめとした絵画、『攻殻機動隊』『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメ、デヴィッド・リンチ氏やスタンリー・キューブリック氏などの映画からの引用、そしてときおり挟み込まれるイベントシーンなど、さまざまな要素が巧みに織り込まれている。
また、LGBTQ+の要素を盛り込んだキャラクター設定や、全体主義国家的な世界観に対する批判など、今日的な要素を盛り込んだ点も指摘したい。施設に貼られるプロパガンダ的なポスターは、ウクライナ紛争が激しさを増す今だからこそ、真に迫ってくる。使い捨ての労働力としてだけでなく、兵器としての役割が担わされるレプリカの存在も、AIやドローン同士の戦争を予感させるものだ。本来、性別のないレプリカと人間のカップリングも、時代を先取りしている。
本連載で何度も指摘しているように、ビデオゲームは現実の抽象化と誇張化の産物という側面がある。『Night in the Woods』がトランプ現象を生んだアメリカの闇を象徴していると論じたように、ゲームを作る側も遊ぶ側も、現実の世相や社会との関係性を抜きには語れない。
本作もまた、新型コロナウイルスにウクライナ紛争にと、先行きの見えない時代を、欧州の視点から切り取った一作になった。サバイバルホラーとローファイ3Dの組み合わせは、そのために最適なスタイルだったと言えそうだ。
主な受賞歴:TRIBECA FESTIVAL 2021公式セレクション、2018 STRASBOURG INDIE GAME CONTEST公式セレクション、TRANSATLANTIC GAMING SUMMIT 2018公式セレクション
Metacriticスコア:81
Playism『SIGNALIS』ページ
https://playism.com/game/signalis/
Steam『SIGNALIS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1262350/SIGNALIS/
rose-engine 公式サイト
https://rose-engine.org/
『SIGNALIS』英語版wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Signalis
再評価を受ける初代プレイステーション時代の映像表現
ゲーム研究家のイェスパー・ユール氏は著書『Handmade Pixels』で、インディーゲームに2Dゲームが多いことを指摘し、「最新テクノロジーで時代遅れの映像表現を行っている」と分析した。そのうえでインディーゲームの特徴に「(経済的・文化的な)独立性」「真正性(ポピュラー音楽に対する初期のロック音楽)」「アンチモダニズム(大量生産品ではなく、前近代的な手工芸品としてのゲーム)」の3点を挙げた。
この指摘が正しいか否かはさておき、『Braid』(2008)を筆頭に2Dスタイルのインディーゲームが2000年代後半から急増したのは事実だ。そこから十余年が経過し、今ではローファイ3Dと呼ばれるアートスタイルが流行の兆しを見せている。初代プレイステーション世代にあたる1990年代後半の3D CG表現だ。もっとも、そこには2Dゲームと同じく、少人数開発でも作りやすいという事情があるのも事実だろう。
今回レビューする『SIGNALIS』も、そうしたアートスタイルが特徴的なタイトルだ。ドット絵の背景に3D CGのキャラクターアニメーションなどを重ね合わせるスタイルで、640×360ピクセルをベースに、モニターに合わせて解像度がアップスケールされている。ブラウン管時代の色やにじみを再現するモードもあるなど、並々ならぬこだわりようだ。そして、この「意図された粗さ」が、サバイバルホラーという題材と相まって、遊び手の想像力を喚起させることに成功している。
ゲームを開発したのは独ハンブルクのrose-engineで、2名のクリエイターが中心となり、2014年から2022年まで8年がかりで開発した。ドイツと中国という、それぞれのルーツとなる文化に加えて、日本のアニメやハリウッド映画などから多数の引用が見られる。ベースとなるゲームシステムも、初期『バイオハザード』シリーズや、『サイレントヒル』『メタルギア』などの融合版といえるものだ。これらが渾然一体となって、2022年ならではのサバイバルホラーが創り上げられたのだ。
あえて意図された「混乱したストーリー」
本作の主人公は女性の外観を持つアンドロイド(=レプリカ)のエルスターだ。破損した宇宙船で冷凍睡眠から目覚めた彼女は、パートナーの乗組員を探して地下採掘施設を探索していく。ところが、施設は次第にクリーチャーと化したレプリカが徘徊する地獄絵図に変わっていく。エルスターは夢とも現実とも区別の付かない世界を探索しながら、地下深く進んでいく……というのが主な筋立てとなる。
とはいえ、実際のストーリーはここまでわかりやすくない。本作でプレイヤーは探索を通じて大量の情報を収集し、過去に起きた出来事を推測していくことになる。『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』などで論じた「環境ストーリーテリング」という手法だ。ただし、エンディングを迎えても全体像は曖昧なままだ。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』などと同じく、あえて解釈の余地が残されたのだ。
メタ的な構造が取り入れられている点もポイントだ。本作は大きく3部構成を取っているが、第2部の途中が終了した時点でエンディングを迎える。そのまま続けても、ゲームが再スタートするだけだ。ところが、ゲームを進めるうちに宇宙船の様子が若干違っており……。そう、ここからゲームの後半がスタートするのだ。筆者も危うく、この仕掛けに気づかないまま終了しそうになった。
もっとも、ここに至るまでにゲームを中断するプレイヤーも少なくないようだ。本稿執筆時(2022年12月24日)のSteamにおけるグローバル実績情報を見ると、「2章・宇宙船」のクリアを示す実績「GESTALTZERFAL(戻る)」の獲得者は31.5%に留まっている。16回死亡した後に再スタートしたプレイヤーが得られる実績「LÖCHER(テセウスの船)」にいたっては、獲得者がわずか4.2%だ。皆、それまでにゲームプレイをやめてしまっているのだ。
この名誉ある(?)実績を解除した筆者としては、パズルの難解さとインベントリ制限の厳しさを指摘したい。本作では大小さまざまなパズルのクリアや、ゲームの進行で必要となるアイテム入手のため、ステージ内を延々と巡回する必要がある。その過程で数多くのクリーチャーと遭遇し、そのたびに緊張が強いられる。パズルの難度も高めで、攻略サイトなしにはクリアできなかったことを白状しておこう(攻略サイトを見てまで続きを遊びたい、と思わせるだけの力があった……とも言い換えられるが)。
アニメ、映画、さまざまな引用が見られる今日的な世界観
本作の魅力は、そのゲームシステムもさることながら、考察しがいのある世界観やストーリーだろう。ロバート・W・チェンバース氏の著書『黄衣の王』をベースとしたプロットに加えて、クラシックの名曲が効果的に用いられたサウンド、『死の島』をはじめとした絵画、『攻殻機動隊』『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメ、デヴィッド・リンチ氏やスタンリー・キューブリック氏などの映画からの引用、そしてときおり挟み込まれるイベントシーンなど、さまざまな要素が巧みに織り込まれている。
また、LGBTQ+の要素を盛り込んだキャラクター設定や、全体主義国家的な世界観に対する批判など、今日的な要素を盛り込んだ点も指摘したい。施設に貼られるプロパガンダ的なポスターは、ウクライナ紛争が激しさを増す今だからこそ、真に迫ってくる。使い捨ての労働力としてだけでなく、兵器としての役割が担わされるレプリカの存在も、AIやドローン同士の戦争を予感させるものだ。本来、性別のないレプリカと人間のカップリングも、時代を先取りしている。
本連載で何度も指摘しているように、ビデオゲームは現実の抽象化と誇張化の産物という側面がある。『Night in the Woods』がトランプ現象を生んだアメリカの闇を象徴していると論じたように、ゲームを作る側も遊ぶ側も、現実の世相や社会との関係性を抜きには語れない。
本作もまた、新型コロナウイルスにウクライナ紛争にと、先行きの見えない時代を、欧州の視点から切り取った一作になった。サバイバルホラーとローファイ3Dの組み合わせは、そのために最適なスタイルだったと言えそうだ。
主な受賞歴:TRIBECA FESTIVAL 2021公式セレクション、2018 STRASBOURG INDIE GAME CONTEST公式セレクション、TRANSATLANTIC GAMING SUMMIT 2018公式セレクション
Metacriticスコア:81
Playism『SIGNALIS』ページ
https://playism.com/game/signalis/
Steam『SIGNALIS』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1262350/SIGNALIS/
rose-engine 公式サイト
https://rose-engine.org/
『SIGNALIS』英語版wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Signalis
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