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『天穂のサクナヒメ』本作のゲーム体験は架空の献立でも成立するか?【インディーゲームレビュー 第90回】

稲作をテーマにした和風アクションRPG『天穂のサクナヒメ』には、卵焼きや納豆など、さまざまな献立が登場する。実際の料理名が登場することが、本作のゲーム体験に大きな影響を与えている。


「銀シャリが目に痛い」驚きの体験

玄米は栄養価が高く、俗に「玄米と味噌汁があれば生きていける」と言われる。古来、日本人の食生活は長く玄米に支えられてきた。しかし、玄米には独特のにおいがあり、ボソボソとして食べにくい。一方で精米すると味は良くなるが、栄養価は落ちる。明治以降、軍隊で脚気(かっけ)が流行したのも、主食を白米にしたにもかかわらず、十分な副菜が提供されなかったため、ビタミンB1不足に陥ったことが原因とされている。

筆者もふだんは健康を意識して、実家(兼業農家)から未精米の米を送ってもらい、自宅の家庭用精米機で八分づき(※)にして食べている。ところが、この1月の大雪で物流が停滞した結果、3年ぶりに白米を購入して食べたところ、味もさることながら、体験の違いに驚いた。お釜を開けた瞬間、炊きたての白米が甘い香りと共に目に飛び込み、まぶしく感じたのだ。「銀シャリ」とはよく言ったものだと痛感した。

このように、筆者の白米に関する文脈が他の人と少しだけ違うことを念頭に、以下の文章を読んで欲しい。

豊穣神サクナヒメとなって、米作りをしながらヒノエ島を支配する鬼たちと戦っていく和風アクションRPG『天穂のサクナヒメ』。本作を遊んで、まず感じたことは、「なんてまずそうなゲームなんだろう」ということだ。粟粥(あわがゆ)・団栗汁(どんぐりじる)・蕨汁(わらびじる)・芋汁(いもじる)・蓬団子(よもぎだんご)など、ゲームの序盤は貧相な献立が食卓に並ぶ。たとえ新米のシーズンであっても、白米が食べられるのはずいぶん後になる。


献立改善がゲームのモチベーションにつながる

もっとも、これらの献立はモニター上に表示される記号でしかない。粟粥と白米と架空の料理名との間に、本質的な違いはない。それでも「粟粥ではなく、銀シャリが食べたい」と思ってしまうのは、筆者のそれまでの体験ゆえだ。そして、このことがゲームの動機づけに少なからず貢献しているように思われる。おいしい米を作れなくてもいい、せめて夕餉に銀シャリを並べたい……。これが架空の献立だったら、そこまでの思い入れはなかっただろう。多くのプレイヤーも同様ではないだろうか。

ここで改めて本作の概要について紹介すると、ゲームは「ヒノエ島を開拓し、稲作を進める稲作パート」と、「ヒノエ島を支配する鬼やエネミーと戦い、食材を集めるアクションパート」を切り替えながら進めていく。両者の関係は不可分で、稲作を進めるほどに主人公のサクナヒメは強靱になり、より強い鬼と戦えるようになる。ゲームは春夏秋冬を繰り返しながら進み、田植え・草むしり・稲刈り・脱穀などと、実際の過程に即して稲作が進んでいく。

一般的には「稲作の描写がリアル」と評される本作だが、そこにはゲームならではの抽象と誇張があることは言うまでもない。そもそも小一時間プレイしただけで1年が経過し、米が収穫できるという時点で、現実とは乖離している。米の収穫量も同様で、普通にプレイしていれば餓えて死ぬことはない。このように本作はアクションRPGの文法をしっかりと踏襲した上で、稲作の醍醐味が巧みに織り込まれている。だからこそ海外レビュースコアサイト「metacritic」で82点と、高い評価を獲得しているのだ。



キャラクターと料理で記号の受容度が異なる

その上で議論したいのが「食の表現」だ。ここでは漫画を例にとろう。

多くのグルメ漫画では、背景やキャラクターはデフォルメされるが、料理はリアルに描かれるという、表現上のギャップが見られる。料理まで記号化してしまうと、おいしそうに感じられないからだ。日本人の高度な「キャラ萌え」能力をもってしても、「料理萌え」には限界がある……性欲と食欲の違いを考える上で、興味深い事例だろう。レストランの食品サンプルも同様で、本物そっくりに作ることが求められる。

これはゲームでも同じで、ママに習って料理を作るゲーム『クッキングママ』シリーズでも、開発中に記号的なハンバーグと写実的なハンバーグを描き、社内でアンケートをとったところ、後者が圧倒的に支持を得たことで知られている。また、海外展開において、レタスが挟まれたホットドッグや、コーンがトッピングされたピザはおかしいなど、現地から細かい修正指示が入ったという。それだけ食は人間の本能を刺激するテーマなのだ。

これらの事例を踏まえて本作を見ると、夕餉のシーンで食卓に並ぶ、個々の献立に対する並々ならぬこだわりに、驚きを禁じ得ない。ゲーム全体の中で「粟粥」という名称は枝葉末節にすぎない。個々の料理名を表示しなくても、ゲームの進行には問題ないだろう。にもかかわらず、本作はそこをきちんと表現している。開発者インタビュー「【ゲーム雑談紀行】『天穂のサクナヒメ』についてインタビュー! 現代にあわせてアレンジした世界観」でも、献立や食事シーンにこだわって作られたことがうかがえる。


気になる食文化とゲーム体験の違い

それでは、こうした料理名にこだわりを持ちにくい、海外ユーザーの反応はどうだろうか。同様の議論は『ポケットモンスター』シリーズの海外展開でも聞かれた。昆虫採集をモチーフとしたゲームが、そうした習慣がない国や地域でも受け入れられるのか、というわけだ。結果は見ての通りで、全世界でヒットした。ゲームの仕組みが生み出すおもしろさは国や文化を越える……出典は不明だが、そうした関係者のコメントを読んだように記憶している。

一方で『天穂のサクナヒメ』はどうだろうか。本作は日本語・英語・中国語(繁体字)・韓国語にローカライズされており、販売元のマーベラスでは、全プラットフォームをあわせて50万本以上の出荷を記録したとしている。もっとも、各地域別・プラットフォーム別の販売数は公表されていない。特に日本やアジア圏と、米を主食としない欧米圏での受け止められ方の違いが気になるところだ。数字やデータの開示も含めて、今後の展開に期待したい。

※精米を8割で止めること。2割のぬか層が残る。炊き上がりは薄い茶色で、精白米に近い食感が楽しめる。

©2020 Edelweiss. Licensed to and published by XSEED Games / Marvelous USA, Inc.

Steam『天穂のサクナヒメ』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1356670/_/?l=japanese
【ゲーム雑談紀行】『天穂のサクナヒメ』についてインタビュー! 現代にあわせてアレンジした世界観 - 電撃オンライン
https://dengekionline.com/articles/61929/
お料理ゲーム「クッキングママ」シリーズが世界で愛されている理由 - メディア芸術カレントコンテンツ
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-13039/
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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