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『Ukraine War Stories』ゲームの民主化とプロパガンダとしてのゲーム【インディーゲームレビュー 第127回】

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻の出口が見えない中、あるビデオゲームが世界の注目を集めている。市民の視点で戦争を追体験する『Ukraine War Stories』(ウクライナ ウォー ストーリーズ)だ。ウクライナのプロパガンダとしての性格を併せ持つ本作が意味するものとは何か。


戦時下の企業がリリースした無料ノベルゲーム


『This War of Mine』のレビューで筆者は、「ゲームはついに戦時下の生活を描いた」と評した。しかし、『This War of Mine』を開発したのはポーランドの「11bit studios」で、モチーフとなったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争から10年以上たってのことだ。それが今や、紛争の一方の当事者がビデオゲームを通して政治的な主張を行うまでに事態が変化した。ウクライナ侵攻がテーマのノベルゲーム『Ukraine War Stories』だ。2022年10月にSteamにて無料でリリースされ、世界中で注目を集めている。

特筆すべきは、リリース初週の日本のプレイヤーの割合が30.7%と、世界最多を記録したことだ。ウクライナの首都、キーウにスタジオを構える開発元のStarni Gamesによると、中国の14.7%、ウクライナの14.4%をはるかに凌駕している(AUTOMATON「実体験ベースの戦争ノベル『Ukraine War Stories』では、日本のプレイヤーが世界最多。その理由を開発者に訊いた」より引用)。同記事では良質なローカライズ、ノベルゲーム市場の大きさ、そしてプレイヤーのSNSによる拡散を理由に挙げている。

『Ukraine War Stories』の主人公は『This War of Mine』と同じく、戦火に翻弄される民間人だ。ただし『This War of Mine』がシミュレーションゲームの様相を呈しているのに対して、本作は古典的なノベルゲームになっている。そして、このスタイルによって本作は開発費を抑えつつ、プレイヤーに対してより直接的なメッセージを投げかけることに成功している。実際、骨子の部分だけなら、無料のノベルゲームエンジンで再現できるだろう。まさに「誰もがビデオゲームを作って公開できる時代」の申し子だといえる。


戦時下の民間人となって戦場からの脱出をめざす


本作にはウクライナの3都市、ホストメリ、ブチャ、マリウポリが舞台のシナリオが収録されており、それぞれストーリーが異なる。ホストメリでは定年退職した老エンジニア、ブチャではゲーム好きの15歳の少年、マリウポリでは外科医となって、戦火を生き抜いていく仕組みだ。

選択肢によってストーリーや登場人物の心理状態が変化していき、主人公と周囲の人々を脱出させられればゲームクリア。逆に主人公が絶望に陥ると、その時点でゲームオーバーとなる。

本作の特徴は、通常のノベルゲームと異なり、選択肢を選ぶ前に心理状態の変化があきらかにされることだ。これにより、プレイヤーは状況をコントロールしながらプレイすることが容易になっている。つまり、本作でプレイヤーは世界にどっぷりと浸るのではなく、事態を客観的に観察しつつ、ゲームを進めていくことが期待されている。いわばメタフィクションの要素を併せ持っているのだ。このことはゲームが終了すると、別の可能性を試してみるように促されることからもわかる。

とはいえ、本作ではどの選択肢を選んでも、さほど状況が変わるわけではない。中でも徹底しているのがロシア軍の描かれ方だ。

本作ではロシア軍は都市を破壊し、民間人を虐殺する、徹底した悪者として描かれている。Steamのストアページによると、本作は実際の出来事や目撃者の証言にもとづいて制作されたという。また、無償で配信されている理由も、金銭目的ではなく、彼の地でおきた出来事を世界中の人々に知ってもらうためだという。そのうえで軍や非営利団体への寄付を募っている。

つまり、本作はプロパガンダゲームとしての側面も併せ持っているのだ。そのことの善し悪しは別として、本作を実際にプレイしてみると、ゲームの持つインタラクティブな特性が、プロパガンダと相性が良いことがわかる。ゲームにはプレイヤーが自ら運命を切り開きつつ、障害を乗り越えていく構造があるからだ。自家用車やバスで地獄のような戦場を脱出したとき、プレイヤーは無意識のうちに、ウクライナ市民と同じ目線になっているかもしれない。それこそが本作の目的の一つなのだ。



プロパガンダに活用されるゲーム


もっとも、ゲームがプロパガンダとして活用されたのは本作が初めてではない。

研究者のAlexander R. Galloway氏は著書『Gaming: Essays on Algorithmic Culture』で、アメリカ陸軍が開発したFPS『America’s Army』をとりあげ、新兵のリクルート目的とプロパガンダの両方の意味が含まれていると指摘している。Galloway氏は、「『America’s Army』を通して、プレイヤーは米軍の対テロ戦争やイラクでの軍事介入に対する肯定的な道徳観を、無意識のうちにすり込まれる」と指摘している。

Galloway氏はまた、レバノンの軍事組織Hezbollahがリリースした『Special Force』と、シリアのDar Al-Fikr社がリリースした『Under Ash』という、2つのFPSとの比較も行っている。両作とも主人公はイスラムの聖戦に参加するパレスチナ人の青年で、敵はイスラエル人とその背後にあるアメリカ的価値観だ。

この3作はいずれも似たようなゲームシステムとゲームエンジンを持つが、世界観やストーリーが異なっている。そして、それぞれを遊び比べることで新たな洞察が得られるというわけだ。

もう一つプロパガンダゲームの例として、中国人民解放軍が2011年にリリースしたFPS『光栄使命』を紹介しよう。本作でプレイヤーは『America’s Army』と同じく、一兵士として「光栄使命」という名の特別軍事訓練に参加していく。2013年にリリースされた続編『光栄使命OL』ではオンライン対応となり、魚釣島(尖閣諸島)の軍事基地で侵略者を迎え撃つ内容になった。明言はされていないが、この侵略者が日本の自衛隊であることは明白だろう。本作は日本でもニュースとして広く報じられた。

引用元:http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2014-01/17/content_31227623_6.htm

本連載で何度か触れたように、ビデオゲームには現実の抽象化と誇張化という性質がある。それをデザインするのが人間である以上、ビデオゲームは社会が持つ文脈と無縁ではいられない。そこで大切なのは、より多くのビデオゲームをプレイし、視野を広げることだ。

残念ながらウクライナ侵攻をテーマとしたロシア製のビデオゲームはいまだ存在しない(ように見える)。再び平和が訪れた時、ロシアからウクライナ侵攻をテーマにしたビデオゲームが登場するか否か、注目していきたい。

主な受賞歴:なし
Metacriticスコア:なし

Steam『Ukraine War Stories』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1985510/Ukraine_War_Stories/
「実体験ベースの戦争ノベル『Ukraine War Stories』では、日本のプレイヤーが世界最多。その理由を開発者に訊いた」
https://automaton-media.com/articles/newsjp/20221104-225420/
Alexander R. Galloway『Gaming: Essays on Algorithmic Culture』(University of Minnesota Press)
https://www.upress.umn.edu/book-division/books/gaming
中国軍初のオンライン戦争ゲーム『光栄使命OL』がリリース
http://j.people.com.cn/94474/8349348.html
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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