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『Arrog』ゲームの意味を解体するアートゲーム【インディーゲームレビュー 第101回】
インディーゲームのムーブメントと共に、世界中でアートゲームが盛りあがっている。中南米の伝統的な死生観をテーマにした『Arrog』も、「ゲームとはかくあるべき」という思い込みを静かに揺さぶっている。
文化庁メディア芸術祭。世界中のアート作品が集結する本展覧会のエンターテインメント部門で、ここ数年興味深い動きが見られる。いわゆるインディーゲームの顕彰が続いているのだ。その中でも異彩を放っていたのが、第23回の審査委員会推薦作品に選出された『Arrog』だ。ペルーのLEAP Game StudiosとHermanos Magiaが合作した、中南米の伝統的な死生観をテーマにしたパズルアドベンチャー……といえば聞こえは良いが、わずか30分弱で終了してしまうからだ。
公式サイトによれば、本作が描くのは「夢の中で自分の死を受け入れようとする男性の姿」だ。プレイヤーは8種類のパズルを解き明かしながら、精神世界の中で死に向かって旅立つ男性の姿を見つめていくことになる。しかし、それは決して悲しい旅ではなく、むしろ転生を思わせる、新しい世代への旅だ。これが、ちょっとしたパズルと、モノクロの手描きアニメーション、そして壮大なサウンドで綴られていく。いわば「雰囲気ゲー」であり、好きな人にはたまらない内容だろう。
いわゆる「生まれ変わり」に関する信仰や伝承は世界中にある。『ナショナルジオグラフィック』の記事「人は人を食べたのか 古代の4事例を読み解く」では、ペルー北部にある古代のピラミッド「ワカ・ラスベンタナス」近くでみつかった大量の人骨が、当時の人々による死の祭礼によるもので、死者の魂が「新しい生命として再びこの世に再生する」ことを願うものだったとする専門家の分析を伝えている。日本人にも受け入れやすい考え方で、これが我々の琴線にも触れるのではないだろうか。
もっとも、こうした評価は2020年代ならではだろう。ゲームの価値は人それぞれだが、その中でもやり込み要素を筆頭に、「長時間楽しめるゲームが良いゲーム」とする声はいまだに多い。実際、App StoreやGoogle Playのユーザーレビューには(本作はPCに加えてiOS、Android、Nintendo Switchでも発売されている。そのうえPS4とPS5にも移植が決定された)「短い」という批判が数多く寄せられている。「この内容なら無料ソフトで出すべきだ」など、コメント欄には辛辣な書き込みが並んでいる。
にもかかわらず、どのストアでもスコアが総じて高いのだ。これは玄人筋においても同様で、文化庁メディア芸術祭に留まらず、数多くのイベントやコンテストで受賞が続いている。ついには世界最高峰のインディーゲームアワード、IGFでもExcellence in Visual Art部門で2021年度のファイナリストに選出された。確かに本作のビジュアルは、他に類を見ないものだ。しかし、わずか30分弱で終わる300円強のゲームが世界で絶賛されている現実には、驚かされるものがある。
先鞭をつけたのは2012年にリリースされた『風ノ旅ビト』だった。2時間強で終わるゲームが1200円前後で販売され、世界中のゲーマーの価値観をゆさぶった。これはアメリカの映画の値付けと同程度だ。その後、数時間で終了する2000円前後のゲームがSteamで数多く販売され、1つのマーケットを形成している。その上で本作においては、30分で終わる数百円のゲームという新たな価値を提示している。ゲームの評価軸がますます多様化していると言えるだろう。
『グランド・セフト・オートV』のように、ゲームハードを変えながら10年近く遊ばれ続けるゲームがある一方で、本作のようなゲームもある。どちらが優れているかは、遊ぶ人次第だ。豊かな社会とは選択肢が多い社会の意味であり、ゲームもまた星の数ほどの選択肢が提示されている。ゲームエンジンの普及やプログラミング教育の進展にともない、こうした傾向はさらに加速していくだろう。芸術家がゲームという絵筆を持ったとき、何が生まれるか。本作はその可能性の一端を示している。
マルセル・デュシャンが男性用便器に「泉」という題名を付けて美術展に出品し、賛否両論を集めたように、現代アートはこれまで「アートとはかくあるべき」という固定観念を破壊し続けてきた。ゲームもまた同様で、既存のゲームの枠組みを解体し、再構築しようとする意欲作が、過去10年間で急増している。こうした流れはアートゲームやゲームアートなどと呼ばれ、ゲーム界にもアート界にも新風を巻き起こしつつある。本作もまた、そうした文脈で位置づけられる作品の1つだろう。
多くのインディーゲームと同じく、本作もまた非常に限られた開発スタッフによって制作されている。作り手の才能と情熱だけで、世界中の人々にメッセージを届けられる時代が到来しているのだ。こうした流れの中で日本のインディーゲームクリエイター、そしてアーティストがどのような作品を発信していくのか、楽しみだ。それはプロではなく、美大や専門学校に通う学生かもしれない。本作が中南米の死生観を掘り下げたように、日本ならではの「死と再生」を見つめ直したゲームを期待したい。
Metacriticスコア:なし
主な受賞歴:第23回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品、IGF2021 Excellence in Visual Art ファイナリストなど
Steam『Arrog』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/1185700/Arrog/
『Arrog』公式サイト
https://arrog.webflow.io/
人は人を食べたのか 古代の4事例を読み解く|NIKKEI STYLE
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO12933970V10C17A2000000
死+再生+カピバラ=Arrog
文化庁メディア芸術祭。世界中のアート作品が集結する本展覧会のエンターテインメント部門で、ここ数年興味深い動きが見られる。いわゆるインディーゲームの顕彰が続いているのだ。その中でも異彩を放っていたのが、第23回の審査委員会推薦作品に選出された『Arrog』だ。ペルーのLEAP Game StudiosとHermanos Magiaが合作した、中南米の伝統的な死生観をテーマにしたパズルアドベンチャー……といえば聞こえは良いが、わずか30分弱で終了してしまうからだ。
公式サイトによれば、本作が描くのは「夢の中で自分の死を受け入れようとする男性の姿」だ。プレイヤーは8種類のパズルを解き明かしながら、精神世界の中で死に向かって旅立つ男性の姿を見つめていくことになる。しかし、それは決して悲しい旅ではなく、むしろ転生を思わせる、新しい世代への旅だ。これが、ちょっとしたパズルと、モノクロの手描きアニメーション、そして壮大なサウンドで綴られていく。いわば「雰囲気ゲー」であり、好きな人にはたまらない内容だろう。
いわゆる「生まれ変わり」に関する信仰や伝承は世界中にある。『ナショナルジオグラフィック』の記事「人は人を食べたのか 古代の4事例を読み解く」では、ペルー北部にある古代のピラミッド「ワカ・ラスベンタナス」近くでみつかった大量の人骨が、当時の人々による死の祭礼によるもので、死者の魂が「新しい生命として再びこの世に再生する」ことを願うものだったとする専門家の分析を伝えている。日本人にも受け入れやすい考え方で、これが我々の琴線にも触れるのではないだろうか。
IGF2021のファイナリストに選出
もっとも、こうした評価は2020年代ならではだろう。ゲームの価値は人それぞれだが、その中でもやり込み要素を筆頭に、「長時間楽しめるゲームが良いゲーム」とする声はいまだに多い。実際、App StoreやGoogle Playのユーザーレビューには(本作はPCに加えてiOS、Android、Nintendo Switchでも発売されている。そのうえPS4とPS5にも移植が決定された)「短い」という批判が数多く寄せられている。「この内容なら無料ソフトで出すべきだ」など、コメント欄には辛辣な書き込みが並んでいる。
にもかかわらず、どのストアでもスコアが総じて高いのだ。これは玄人筋においても同様で、文化庁メディア芸術祭に留まらず、数多くのイベントやコンテストで受賞が続いている。ついには世界最高峰のインディーゲームアワード、IGFでもExcellence in Visual Art部門で2021年度のファイナリストに選出された。確かに本作のビジュアルは、他に類を見ないものだ。しかし、わずか30分弱で終わる300円強のゲームが世界で絶賛されている現実には、驚かされるものがある。
先鞭をつけたのは2012年にリリースされた『風ノ旅ビト』だった。2時間強で終わるゲームが1200円前後で販売され、世界中のゲーマーの価値観をゆさぶった。これはアメリカの映画の値付けと同程度だ。その後、数時間で終了する2000円前後のゲームがSteamで数多く販売され、1つのマーケットを形成している。その上で本作においては、30分で終わる数百円のゲームという新たな価値を提示している。ゲームの評価軸がますます多様化していると言えるだろう。
『グランド・セフト・オートV』のように、ゲームハードを変えながら10年近く遊ばれ続けるゲームがある一方で、本作のようなゲームもある。どちらが優れているかは、遊ぶ人次第だ。豊かな社会とは選択肢が多い社会の意味であり、ゲームもまた星の数ほどの選択肢が提示されている。ゲームエンジンの普及やプログラミング教育の進展にともない、こうした傾向はさらに加速していくだろう。芸術家がゲームという絵筆を持ったとき、何が生まれるか。本作はその可能性の一端を示している。
ゲームの枠組みを解体し、再構築する試み
マルセル・デュシャンが男性用便器に「泉」という題名を付けて美術展に出品し、賛否両論を集めたように、現代アートはこれまで「アートとはかくあるべき」という固定観念を破壊し続けてきた。ゲームもまた同様で、既存のゲームの枠組みを解体し、再構築しようとする意欲作が、過去10年間で急増している。こうした流れはアートゲームやゲームアートなどと呼ばれ、ゲーム界にもアート界にも新風を巻き起こしつつある。本作もまた、そうした文脈で位置づけられる作品の1つだろう。
多くのインディーゲームと同じく、本作もまた非常に限られた開発スタッフによって制作されている。作り手の才能と情熱だけで、世界中の人々にメッセージを届けられる時代が到来しているのだ。こうした流れの中で日本のインディーゲームクリエイター、そしてアーティストがどのような作品を発信していくのか、楽しみだ。それはプロではなく、美大や専門学校に通う学生かもしれない。本作が中南米の死生観を掘り下げたように、日本ならではの「死と再生」を見つめ直したゲームを期待したい。
Metacriticスコア:なし
主な受賞歴:第23回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品、IGF2021 Excellence in Visual Art ファイナリストなど
Steam『Arrog』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/1185700/Arrog/
『Arrog』公式サイト
https://arrog.webflow.io/
人は人を食べたのか 古代の4事例を読み解く|NIKKEI STYLE
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO12933970V10C17A2000000
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