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『Beyond Blue』ゲームデザインは顧客のどのような課題を解決するのか【インディーゲームレビュー 第77回】

ゲームはこれまで特定の顧客に向けたリリースを続けてきた。こうした中、海洋研究チームの一員としてマッコウクジラの生態を調査する『Beyond Blue』は、ドキュメンタリーの手法を取り込みつつ、より多くの顧客にゲーム体験を提供しようとしている。


はじめにペルソナの設定ありき

『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』はどちらがおもしろいだろうか。答えは「どちらもおもしろい」だ。しかし、現実にはともに熱狂的なファンが存在し、しばしば論争を引き起こす。これは各々のファンが抱えるコンテキスト(文脈)の違いに起因するものだ。そのためプロのゲーム開発者は、ゲームを企画するうえで万人を相手にすることはない。かわりにペルソナ(想定ユーザー)を設定する。その上で、ペルソナにヒットするような要素を考え、実装していくのだ。

女性海洋研究者「ミライ」となってフィリピン海を探索し、マッコウクジラの生態を調査していくアドベンチャーゲーム『Beyond Blue』も、ユニークなペルソナが設定されたゲームだ。海洋モノのドキュメンタリー作品が好きな層で、一般的なゲーマーよりも平均年齢が高め。一般的なゲーマーより女性の割合が高い。これらは、あくまで筆者の主観だが、少なくとも通常のゲームとは違ったペルソナが設定されたことは容易に推察される。それほどまでにゲームの体験が異なっているからだ。



ビジュアルノベルゲームに近いゲーム体験

ゲームはいわゆる「おつかい」の連続で進んでいく。潜水艇から海中に入ると、はじめにブイに移動してターゲットの位置を確認する。次にターゲットに近づき、個体の特性を観察したり、鳴き声や形状を記録したりと、所定のミッションを遂行していく。ミッションが完了したら潜水艇に帰還して、海上の同僚に報告だ。道中でサメに襲われたり、酸素切れになったり、パズルに悩まされることもない。ストーリーは魅力的だが、ゲームメカニクスにもとづく体験は淡々としている。

一方で最新のグラフィックで描かれた海中の世界は美麗のひとことで、画面いっぱいに表示されるクジラは迫力満点。水族館などで見かける小魚の群れの中に進入し、共に泳ぐこともできる。クジラやイルカが好きなら他で味わえないゲーム体験が得られるだろう。ストーリーは海洋汚染や海底資源開発といった社会問題を扱っており、主人公のミライも年の離れた妹の学習問題を抱えるなど、奥行きのある人物設定となっている。実写のドキュメンタリー映像も最新の知見にあふれている。

つまり、このことは『Night in the Woods』のレビューで論じたゲームの三要素(目的・障害・手段)のバランスが一定で、ゲームを通して大きく変化しないことを意味している。目的は明確だが(ミッションをこなす)、障害と手段が曖昧なのだ。その上でプレイヤーの興味を引き立てる要素を、グラフィックとストーリーに任せている。言い方を変えれば本作のゲーム体験はビジュアルノベルゲームに近い。だからこそ安心してゲームを進めていけるのだ。

このように本作が設定した(と思われる)ペルソナは、これまで多くのゲームが(故意に、または無意識のうちに)見逃していた層だ。『風の旅ビト』などを開発したthatgamecompanyは講演で「女性や、ある程度年齢を重ねて、落ち着いた感情の起伏を好む方たちから支持を集めやすいジャンルであるドキュメンタリー、ドラマ、ロマンスといったジャンルを、ゲームはほとんどカバーできていないのが実情です」と指摘しているが、状況が徐々に変化していることがわかる。




ドキュメンタリーゲームという新ジャンル

本作の隠れたペルソナが教員だ。実際、マッコウクジラの生態を調べつつ、海洋汚染や海底資源開発といった社会問題に触れられる本作は、ゲームを調べ物学習の教材として教室に持ち込みたいと考えている教員(中学校~高校)に最適だろう。ボリュームもクリアするだけなら3時間程度と抑え気味で、より多くの人がクリアできるように、難易度が低めに抑えられている。ひととおりゲームをプレイした後で、さらに調べ物をさせたり、グループで討論させたりすると、さらに理解が深まるだろう。

もっとも、だからこそ販売は丁寧に行われるべきだ。特定のペルソナに向けたタイトルだけに、それ以外のゲームを嗜好するユーザーがプレイすると、ただのヌルゲーに感じられるからだ。このことはSteamのカスタマーレビューが良く示している。総じて本作は「圧倒的に好評」であるものの、一部のユーザーの辛口コメントが目立っており、その大半が「より本格的なゲーム体験」を求めている。筋違いな内容であることは確かだが、そう誤解させるストアの説明書きにも改善の余地があるだろう。

開発・販売元のE-Line Mediaは他にイヌピアットの伝承をベースとしたアクションゲーム『Never Alone(Kisima Ingitchuna)』をリリースしており、本作の構成もこれを踏襲したものだ。一方で前作は骨太のアクションゲームだったが、本作はより多くのユーザーに配慮を見せた内容になっている。ペルソナの設定と、それに即したゲーム体験について、深く吟味された結果だろう。「ドキュメンタリーゲーム」ともいうべき新ジャンルを開拓するシリーズとして、今後も注目していきたい。

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Staam『Beyond Blue』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/883360/Beyond_Blue/?l=japanese
『Beyond Blue』公式サイト
https://www.beyondbluegame.com/
パブリッシャー「E-Line Media」公式サイト
https://elinemedia.com/
感情を伝える形と音~『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を手がけたthatgamecompanyのクリエイターが学生に伝えたかったこと | 特集 | CGWORLD.jp
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