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『Say No! More』ゲームによる社会批評と「ノー」がもたらす全肯定【インディーゲームレビュー 第105回】

インターン(実習生)となって理不尽な会社の命令に「ノー!」と叫びまくる『Say No! More』。本作はゲームならではの社会批評であるとともに、ゲームオーバーという、ありふれた概念に対する挑戦的なゲームデザインを行っている。


「ノー」へのためらいは万国共通

ゲームのグラフィックにはゲームのルールを説明する機能がある……UI/UXにも通じる考え方だ。『スーパーマリオブラザーズ』に登場するエネミー、ノコノコとトゲゾーは好例で、ノコノコは上から踏んで気絶させられるが、トゲゾーはミスになる。甲羅がトゲで覆われているトゲゾーは、「触れたら危険」という記号性を帯びているのだ(参考:ドン・ノーマン「アフォーダンスからシグニファイアへ」)。他にもさまざまな例が見つかるだろう。

一方でゲームのグラフィックには世界観やフレーバーを示す意味もある。囲碁の黒白の碁石を男女のアイコンに変えると、それだけで校庭の遊び場占有競走の意味が浮かび上がってくる。ルールは同じでも、グラフィックの違いがプレイヤーに別の意味をもたらすのだ。ゲームの中には、この効果を意図的に用いるものもある。第79回でレビューした『FULFILLMENT』は好例で、ルールはシンプルだが、巨大配送センターという世界観が、ゲームに社会批評の意味合いをもたらしている。

今回レビューする『Say No! More』も同様だ。主人公は企業の実習生(インターン)で、先輩や上司から寄せられる理不尽な命令に「ノー!」と叫びながら、ストーリーを進めていく。「コーヒーを入れてくれ」「ノー!」、「残業してくれ」「ノー!」といった具合だ。この時、同じ「ノー!」でも言い方を変えたり、態度やしぐさを加えたりと、変化をつけられる。主人公の性別や外見を自由に変えられる点と相まって、プレイヤーそれぞれの「ノー!」が表現できるのだ。

本作を開発したのはドイツのインディーゲームデベロッパー、Studio Fizbinだ。開発チームは「愉快なゲーム」を作るつもりだったが、プロトタイプに寄せられた意外な反応に驚いたという。ゲーム内で「ノー」をつきつける一方で、自分たちの日常生活や仕事では適切に「ノー」と言えているか、周囲から指摘されたこと。これにより開発チームは本作に潜む「真の意味」、すなわちゲームを通した社会批評性に気がついたこと、などをインタビュー記事で述べている。

ゲームに限らず、エンターテインメント全般に言えることに、「できるだけ多くの共感を得るテーマを探す」というセオリーがある。恋愛、暴力、探索、友情……これらが普遍的なテーマであるのも、そうした理由からだ。本作はそれに加えて、理不尽な要求に対して「ノー!」と叫ぶことが、全世界で共通の関心事であることを提示した。人間関係を重視するあまり「ノー!」と言えないのは、日本人だけではなかったのだ。この点をあきらかにしただけでも、本作の意義は大きいといえるだろう。

誰もゲームオーバーにならない挑戦的なゲームデザイン



一方で本作はゲームデザインにおいても興味深い挑戦を行っている。多くのゲームと異なり、明確なゲームオーバーが存在しないのだ。「ノー!」と叫ぶタイミングで効果が変わる、「ノー!」や態度の違いで駆け引きの要素が存在する、などの仕様は存在しない。パズルゲームなどと異なり、途中でゲームにつまって先に進めなくなることもない。程度の差はどうあれ、ほとんどのプレイヤーが2時間前後でクリアできるだろう。いわば本作は「ノー! と叫ぶことで誰もが肯定される内容」だといえる。

こうしたバランス調整を、開発者は意図して行ったように感じられる。本作はPCやゲーム機だけでなく、iOSむけにもリリースされているからだ。別のインタビューでゲームディレクターのMarius Winter氏は「モバイルは、すべての人にリーチできる素晴らしいプラットフォーム」だと述べている。モバイルゲームなら非ゲーマーに対してもリーチできる。そうしたプレイヤーの「ノー!」に対して、プログラム側が否定する……そうした事態を避けようとしたのだ。

もっとも、ゲームオーバーのないゲームは飽きられやすい。そこで重要なのがストーリーテリングだ。先を見たくなるストーリーがあってこそ、プレイヤーはゲームオーバーのないゲームでも、モチベーションを維持できるのだ。本作のシナリオも映画の三幕構成を踏襲したもので、クライマックスに向けてプレイヤーをほどよく裏切り、綺麗なオチをつけてくれる。いわば本作は適度なアクション性のあるノベルゲームだと言えるだろう。しかも途中で分岐が存在しない、一本道のノベルゲームだ。

とはいえ、本作にゲームオーバーの概念がないことは、プレイヤーには伏せられている。ゲームプレイを通して、経験的に明らかにされていくのだ。ただし、これが明らかになる頃には、ストーリーの先が気になり、先に進めてしまうという仕掛けだ。このゲーム体験は「三目並べ」(いわゆる「マルバツゲーム)に近しい。「三目並べ」は楽しいゲームだ……双方が必ず引き分けにしかならないと気づくまでは。

このように本作は、ゲームと非ゲームの境界線上に位置する、「ゲームの可能性を広げる」タイトルだと位置づけられる。

インタビュー記事によれば、開発チームは本作について『とんでもクライシス!』『塊魂』『マッスル行進曲』といった国産ゲームに影響を受けたという。ミュージカル的な展開から、『スペースチャンネル5』との関連性を示すこともできるだろう。

本作は「ゲームとはかくあるべし」というテーゼに対して、勇気を持って「ノー」をつきつけたタイトルだと言い換えられる。ここから影響を受けた新しいインディーゲームが、日本から登場することを期待したい。

metacriticスコア:67
主な受賞歴:なし

Steam『Say No! More』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/1191900/Say_No_More/
Studio Fizbin公式サイト
http://www.studio-fizbin.de/
風刺コメディADV『Say No! More』―日本のゲームは、私たちに自分たちが作りたいゲームを作って良いんだ、と教えてくれた【開発者インタビュー】
https://www.gamespark.jp/article/2021/05/09/108460.html
How Studio Fizbin's Say No! More digs into our 'absurd, rotting relationship with work'
https://www.pocketgamer.biz/interview/76296/studio-fizbin-say-no-more-work-relationship/

【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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