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『Genesis Noir』小説を脱構築したインタラクティブ・グラフィックノベルの可能性【インディーゲームレビュー 第106回】

Independent Games Festival 2021でビジュアルアートとオーディオの二冠に輝いた本作。イタロ・カルヴィーノ氏の短編集『レ・コスミコミケ』に影響を受けたパズルアドベンチャーで、Web業界出身ならではのクリエイティブが光っている。


ビッグバンの渦中に飛び込むコズミックノアール

ある小説を手に取り、読みはじめたところ、内容が難解すぎたり、抽象的すぎたりして、肌に合わなかったとする。それでも挿絵が心躍るものだったら、先が気になって読み進められるかもしれない。これが小説ではなく、マンガであれば、より継続力が増すはずだ。

では内容はともかく、ページをめくるだけで楽しめる要素が含まれていたら、どうだろうか。ゲームという表現形式であれば、そうした表現も可能になる。『Genesis Noir』はそんな説明が可能なパズル・アドベンチャーだ。

本作の世界観は独特だ。主人公は時計のセールスマン「ノー・マン」で、ジャズシンガーの恋人「ミス・マス」がいる。一方でバンドのサックス奏者「ゴールデン・ボーイ」もミス・マスに執心で、嫉妬に狂い、拳銃で彼女を殺害しようとする。

問題はミス・マスが地球、ゴールデン・ボーイが神のような宇宙的存在、弾丸が宇宙の始まりをつげる「ビッグバン」のアナロジーであることだ。ノー・マンはビッグバンの中に飛び込み、パズルを解きながら恋人を救い出す手段を模索していく。



本作の特徴は、モノクロのグラフィックとジャズが織りなす、ノアール(フランス語で黒の意味であり、そこから転じて1940~50年代にハリウッドで製作された犯罪映画の意味)風の世界観だ。これにグラフィックノベル的な演出を組み合わせた。音楽の一部はプレイヤーの即興演奏にゆだねられており、2Dと3Dのハイブリッド的なカメラワークとあいまって、プレイヤーに新鮮な印象を与えている。一部で理不尽さを感じるパズルもあったが、そこは本ジャンルの宿命だろう。

ストーリー面では前述の通り、男女の恋愛模様を宇宙的視野にまで広げた点がユニークだ。ゲームを進めながら、プレイヤーは生命誕生のマイクロ秒後から数兆年後にまでおよぶ宇宙の歴史を目撃していく。また、幕間には最新の宇宙物理学にもとづく解説が挿入される。こうした寓話性から何を読み解くかはプレイヤーの自由だ。キャラクターの心情描写や台詞も最低限に抑えられており、想像を働かせる余地がある。というより、あえてそれを狙った演出が行われている。

映画や小説と異なり、ゲームは進行度合いをプレイヤーにゆだねている点が特徴だ。この手のゲームが得意な人なら2時間程度でクリアできるだろうし、1つのパズルに延々と詰まってしまう人もいるだろう。ゲームはプロローグを含めて全13章で、それぞれ独立しているため、途中で時間をおいて再開する人も少なくない。その結果、それまでの展開をすっかり忘れてしまう人もいるはずだ。内容に興味を覚えたら、ぜひ2周目に挑戦してみてほしい。それによって、新たな発見や考察が期待できる。



小説『レ・コスミコミケ』が与えたインスピレーション

それでは本作はどのような経緯で企画されたのだろうか。本作は米ニューヨーク在住で、Web業界でインタラクティブ・デザイナーやモーショングラフィック・アニメーターとして活躍していたEvan Anthony氏とJeremy Abel氏が中心となり、約8年間の年月をかけて制作したタイトルだ。Evan氏はインタビューで、2013年に小説『レ・コスミコミケ』を読んだことがきっかけだったと語っている。2014年よりプロトタイプの開発をはじめ、Kickstarterでの資金調達などを経て、2021年3月のリリースにこぎ着けた。

『レ・コスミコミケ』は20世紀イタリアの国民的作家として知られるイタロ・カルヴィーノ氏による短編集で、自称「宇宙の始まりから生きつづける」Qfwfq老人を語り部としたSFファンタジー。中でも直接的な影響を与えたのが、若かりし日のQfwfq青年と船長夫人、徒弟の三角関係を描いた収録作『月の距離』だ。余談だがQfwfqが「W」を挟んで左右対称になっている点に注意して欲しい。このようにカルヴィーノの作品には、さまざまな寓話的意味や二重性が見られる点が特徴だ。

ここで描かれるのは満月の夜に月にわたってミルクを採取する人々の物語だ。当時、月は地球のすぐそばにあり、真下まで船をこぎ着けて脚立を立てれば、月に上がることができた。もっとも、タイミングを逃すと次の満月まで地上に帰ることができない。しかも、月が次第に地球から遠ざかりはじめていた。こうした中、船長夫人を慕うQfwfq青年と、耳の聞こえない徒弟を愛する船長夫人と、彼女の思いに無頓着な徒弟の間で、美しくも悲しい恋物語が繰り広げられる。

他にも星の誕生に立ち会った家族のドタバタ劇を描く『星の誕生』や、魚類を思わせる叔父に引け目を感じる両生類の私(一方で爬虫類の彼女は叔父に興味を抱く)が主人公の『水に生きる叔父』など、全12作が収録されている。ここから「宇宙的視野」「三角関係」「表現の軽さ」など、『Genesis Noir』との共通項を上げることは容易だろう。インタビューでEvan氏も「(レ・コスミコミケ)は抽象的なSFに心のこもったキャラクターを登場させた素晴らしい短編小説集」だと称している。

いわば『Genesis Noir』は、『レ・コスミコミケ』に影響を受けたWeb業界のクリエイターが小説というメディアを脱構築し、ゲームにおきかえて制作したインタラクティブ・グラフィックノベルだと見なせる。『Genesis Noir』で描かれている内容は、『レ・コスミコミケ』よりも抽象度が高く、難解だ。一方で先を進めたくなる仕掛け(パズル)も散りばめられている。両者を共に体験することで、クリエイターの思考プロセスに迫れるのではないだろうか。

「CD-ROM 星の王子さま」公式サイト(岩波書店)https://www.iwanami.co.jp/book/b266184.html

『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』(ユービーアイソフトhttps://www.ubisoft.co.jp/vh/

最後にインタラクティブ・グラフィックノベルの系譜について簡単に触れておこう。PCにCD-ROMが標準搭載された1990年代、出版業界でマルチメディア絵本やインタラクティブ・グラフィックノベルと呼ばれるジャンルが花開いた。マウスによるポイント&クリックでストーリーを進めていく形式が主流で、DirectorやFlashといったオーサリングツールの普及が後押しした。当時は出版業界の最盛期で、新しいジャンルを開拓するだけの余力が存在したのだ。

フランス大使館で出版会見を行うなど、鳴り物入りで出版された『CD-ROM 星の王子さま』(1998)は好例だ。他にもさまざまな意欲作が発売されたが、出版不況に伴い、今では見る影もない。一方で第一次世界大戦をテーマにしたアドベンチャーゲーム『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』(2014)をはじめ、本ジャンルの系譜に連なる作品は健在だ。『Genesis Noir』もまた、その直系であり、インタラクティブ・グラフィックノベルの新たな可能性を開いたと言えるのではないだろうか。

metacriticスコア:77
主な受賞歴:IGF2021 Visual Art & Audio、BIG Festival Best Sound & Innovation Awardなど

Steam『Genesis Noir』販売サイト
https://store.steampowered.com/app/735290/Genesis_Noir/
『Genesis Noir』公式サイト
https://genesisnoirgame.com/
INTERVIEW: ‘Genesis Noir’ With Evan Anthony and Jeremy Abel
https://butwhythopodcast.com/2021/04/12/interview-genesis-noir-with-evan-anthony-and-jeremy-abel/
Interview: Evan Anthony on the Genesis Noir Kickstarter
https://www.theyoungfolks.com/video-games/115939/interview-evan-anthony-on-the-genesis-noir-kickstarter/
『レ・コスミコミケ』(ハヤカワepi文庫)
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%82%B1-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AFepi%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E/dp/4151200274

【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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