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『Gorogoa』認知のフレームを軽やかに飛び越える絵画的パズルゲーム【インディーゲームレビュー 第40回】
「日本ゲーム大賞2018」のゲームデザイナーズ大賞を受賞した『Gorogoa』。日本の有名ゲームデザイナーを一様に唸らせた至高のパズルゲームは、なぜ多くの人に衝撃をもたらしたのか?
欧米ではオペラに代表されるように、長く観客は演者の芸を静かに鑑賞するものだった。しかし歌舞伎は見せ場で大向こうが屋号をかけるなど、演者と観客が一体となって盛り上げる点に特徴がある。歌舞伎はオペラと異なり、演者と聴衆の境界線が曖昧で、両者がしばしば交錯するのだ。
演者と観客の関係性の違いは舞台構成にも見られる。オペラのステージは観客席と交わることはないが、歌舞伎の舞台には観客席の中を通って、花道が設置されている。ここを演者が行き来することで、舞台に広がるフィクションの世界と、観客席の現実の世界とが混じり合う。このように演者と観客、虚構と現実といった2つの世界を、明確に分けないのは東洋文化に共通して見られる特徴だ。西洋絵画と日本絵画における額縁の有無など、他にもさまざまな例が知られている。
この時、ステージや額縁は「ものの見方の枠組み」(認知フレーム)として機能する。ステージや額縁で世界が区切られることで、人は「あちら側」と「こちら側」を自然に区別できるのだ。
しかし、両者の境界が曖昧だからこそ成立する芸事もある。落語や漫才の「楽屋落ち」は好例で、欧米のバラエティ番組ではほとんど見られない。カラオケの歌い手と観客が常に入れ替わる楽しみ方が、欧米では生まれてこなかった理由も、一つには認知フレームを巡る文化的な違いがあると考えられる。
本作はドラゴンを彷彿とさせる不思議な生物に魅せられた男が、鉢をかかえて果実のような5つの紋様を集めてまわる様を描いたパズルゲーム。ゲーム画面は最大4つのタイルに区切られ、タイルは複数のレイヤーによって構成される。プレイヤーはタイルの位置を入れ替えたり、レイヤーを行き来したりしながら、適切な組み合わせを見つけてストーリーを進めていく。言葉で説明するのは困難で、ぜひトレーラーをチェックしてもらいたい。
パズルのヒントとなるのはタイルに描かれたイラストで、操作を通して思いもかけないイラストが完成すると、驚きと興奮に包まれる。ひらめきによって生まれる、いわゆる「アハ体験」にも似た感覚だといえる。
この時、ポイントとなるのがタイルの継ぎ目で、これが前述の認知フレームとして機能している。プレイヤーには「個々のタイルは異なるイラストが描かれ、独立している」という思い込みがある。これが適切な組み合わせにより、一瞬にして意味が転換する点に、本作のおもしろさがある。
実際、こうした認知フレームはパズルや手品の土台として機能し、ゲーム中にもしばしば登場してきた。しかし、本作のように全編にわたってこの仕掛けが散りばめられ、ゲームのコアメカニクスとして機能しているものは、これまでになかった。なにより、こうしたゲームが日本ではなく、海外から登場してきたことに驚きを禁じ得ない。本作が日本ゲーム大賞ゲームデザイナーズ大賞部門を受賞したのも、日本の著名ゲームクリエイターがこうした点に敏感に反応したからではないかと考えられる。
制作者自身の手描きによって描かれた何千枚もの幻想的なイラストタイルは、どこか宗教的な意味合いが感じられる展開とあいまって、プレイヤーを「ここではない、どこか遠くの世界」にいざなってくれる。テキストやメッセージが一切表示されない点も、本作の印象をより強いものにしている。環境音楽に徹したBGMも、本作の世界観に良く適しており、ゲームプレイを盛り上げている。
ただし、多くのパズルゲームがそうであるように、本作もまたプレイヤーによって難易度の受け止められ方に差が大きい。パズルゲームが得意なら2時間未満で終了するだろうし、途中で投げ出してしまうプレイヤーもいるだろう。筆者も3分の1を進めたところで、攻略サイトのお世話になった。途中で「絶対にわからないだろう」と思わされる点も多々あったことを書き添えておく。もっとも、それでも先に進めたくなる魅力を備えたゲームだったことも、また確かだ。
本作をプレイして感じたのは、90年代に一世を風靡したパズルアドベンチャー『MYST』との相関性だ。『MYST』もCGによる独特な世界観とパズルが融合したタイトルで、世界的な大ヒット作となった。当時のプレイヤーは『MYST』を通じて、まったく新しい体験を得たのだ。PCだけでなく、さまざまなコンソールやスマートデバイスに移植されている『Gorogoa』も、2010年代の『MYST』だと言えるだろう。そして、それが一人のクリエイターの想像力から生まれたことに、驚きを禁じ得ないのだ。
© 2017 Buried Signal, LLC. Published by Annapurna Interactive under exclusive license. All rights reserved.
■関連リンク
Steam『Gorogoa』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/557600/Gorogoa/
『Gorogoa』公式サイト
http://gorogoa.com/
日本ゲーム大賞 ゲームデザイナーズ大賞 受賞ページ
http://awards.cesa.or.jp/prize/year/02.html
カラオケと歌舞伎と日本文化
カラオケは日本で誕生し世界に広まった数少ない文化だ。では、なぜカラオケは欧米では生まれなかったのだろうか。そこには演者と聴衆の関係性の違いがある。例として近世に発達した総合芸術であるオペラと歌舞伎の違いを比較してみよう。欧米ではオペラに代表されるように、長く観客は演者の芸を静かに鑑賞するものだった。しかし歌舞伎は見せ場で大向こうが屋号をかけるなど、演者と観客が一体となって盛り上げる点に特徴がある。歌舞伎はオペラと異なり、演者と聴衆の境界線が曖昧で、両者がしばしば交錯するのだ。
演者と観客の関係性の違いは舞台構成にも見られる。オペラのステージは観客席と交わることはないが、歌舞伎の舞台には観客席の中を通って、花道が設置されている。ここを演者が行き来することで、舞台に広がるフィクションの世界と、観客席の現実の世界とが混じり合う。このように演者と観客、虚構と現実といった2つの世界を、明確に分けないのは東洋文化に共通して見られる特徴だ。西洋絵画と日本絵画における額縁の有無など、他にもさまざまな例が知られている。
この時、ステージや額縁は「ものの見方の枠組み」(認知フレーム)として機能する。ステージや額縁で世界が区切られることで、人は「あちら側」と「こちら側」を自然に区別できるのだ。
しかし、両者の境界が曖昧だからこそ成立する芸事もある。落語や漫才の「楽屋落ち」は好例で、欧米のバラエティ番組ではほとんど見られない。カラオケの歌い手と観客が常に入れ替わる楽しみ方が、欧米では生まれてこなかった理由も、一つには認知フレームを巡る文化的な違いがあると考えられる。
ゲームと認知フレームの関係性
長々とこうした前置きを述べたのも、今回取り上げる『Gorogoa』の特殊性ゆえだ。本作はドラゴンを彷彿とさせる不思議な生物に魅せられた男が、鉢をかかえて果実のような5つの紋様を集めてまわる様を描いたパズルゲーム。ゲーム画面は最大4つのタイルに区切られ、タイルは複数のレイヤーによって構成される。プレイヤーはタイルの位置を入れ替えたり、レイヤーを行き来したりしながら、適切な組み合わせを見つけてストーリーを進めていく。言葉で説明するのは困難で、ぜひトレーラーをチェックしてもらいたい。
パズルのヒントとなるのはタイルに描かれたイラストで、操作を通して思いもかけないイラストが完成すると、驚きと興奮に包まれる。ひらめきによって生まれる、いわゆる「アハ体験」にも似た感覚だといえる。
この時、ポイントとなるのがタイルの継ぎ目で、これが前述の認知フレームとして機能している。プレイヤーには「個々のタイルは異なるイラストが描かれ、独立している」という思い込みがある。これが適切な組み合わせにより、一瞬にして意味が転換する点に、本作のおもしろさがある。
実際、こうした認知フレームはパズルや手品の土台として機能し、ゲーム中にもしばしば登場してきた。しかし、本作のように全編にわたってこの仕掛けが散りばめられ、ゲームのコアメカニクスとして機能しているものは、これまでになかった。なにより、こうしたゲームが日本ではなく、海外から登場してきたことに驚きを禁じ得ない。本作が日本ゲーム大賞ゲームデザイナーズ大賞部門を受賞したのも、日本の著名ゲームクリエイターがこうした点に敏感に反応したからではないかと考えられる。
難易度の受け止められ方は人さまざま
本作を制作したのは米バークレー在住のゲームクリエイター、ジェイソン・ロバーツだ。制作者自身の手描きによって描かれた何千枚もの幻想的なイラストタイルは、どこか宗教的な意味合いが感じられる展開とあいまって、プレイヤーを「ここではない、どこか遠くの世界」にいざなってくれる。テキストやメッセージが一切表示されない点も、本作の印象をより強いものにしている。環境音楽に徹したBGMも、本作の世界観に良く適しており、ゲームプレイを盛り上げている。
ただし、多くのパズルゲームがそうであるように、本作もまたプレイヤーによって難易度の受け止められ方に差が大きい。パズルゲームが得意なら2時間未満で終了するだろうし、途中で投げ出してしまうプレイヤーもいるだろう。筆者も3分の1を進めたところで、攻略サイトのお世話になった。途中で「絶対にわからないだろう」と思わされる点も多々あったことを書き添えておく。もっとも、それでも先に進めたくなる魅力を備えたゲームだったことも、また確かだ。
本作をプレイして感じたのは、90年代に一世を風靡したパズルアドベンチャー『MYST』との相関性だ。『MYST』もCGによる独特な世界観とパズルが融合したタイトルで、世界的な大ヒット作となった。当時のプレイヤーは『MYST』を通じて、まったく新しい体験を得たのだ。PCだけでなく、さまざまなコンソールやスマートデバイスに移植されている『Gorogoa』も、2010年代の『MYST』だと言えるだろう。そして、それが一人のクリエイターの想像力から生まれたことに、驚きを禁じ得ないのだ。
© 2017 Buried Signal, LLC. Published by Annapurna Interactive under exclusive license. All rights reserved.
■関連リンク
Steam『Gorogoa』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/557600/Gorogoa/
『Gorogoa』公式サイト
http://gorogoa.com/
日本ゲーム大賞 ゲームデザイナーズ大賞 受賞ページ
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